アルタード・ステーツ/未知への挑戦 おもしろかった。ケンラッセルについての本で、彼の作品は魂の探究や愛の探究とあったが、そう観れば、この作品ではそれがある。弁証法的に、魂の探究、真理の探究、そして遂に愛の探究-愛との出会い-と進む。3番目の愛の探究で主人公は無から脱することができる。
観る前はスペースオデッセイをパクったものかなと思うも、キューブリックもラッセルからパクってるのあるからお互いさまと思いつつも、パクり自体がラッセルのキッチュ性を損なわさせないからいいのであるが、そうした部分はありながらも、むしろボディー・ホラーの先駆け的なものが強い。クロネンのフライよりもカーペンターの物体Xよりも前のボディー・ホラーの先駆け。というか、コンシャスネス・ホラーかな、これは。たしかに、環境の変化だけで、生物の身体的&内臓的変化が起こるとは思えず、環境的外因を伴った主体的意識のここを変化させるぞ的意思も生物の変化にはかかわってくると思えてくる。
弁証法的プロセスの一番目である魂の探究において、やってることは中沢新一的なことであろうし、意識の根源を探し求めながら、トリップのヒカリにドロップし、ケンラッセル的なヴィジュアル効果によりオーディエンスもまた原体験にいざなわれる、というエフェクトはやはりおもいしろい。
たぶん肉体の悪魔やトミーの頃の、罪の意識による己の敵化よりも緩和された自己意識であり、科学者ゆえそうであろうが、それでも、神の国における悪い本能を追放するという考えが確かにある。
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