チャンイーモウは良き悪きはいまだ決められないなかにおける中国人のアイデンティティの確立を描く。アンリーは合理的認識から解き放たれたグローバル史観を自明とするアメリカン或いはヒト一般を表す。ウォンカーワァイは時間に(懐かしみにしても悔やむにしても傍観するにしても)苛まれながら漂流する者たちを表す。そしてそのことは三人とも未だアイデンティティが確立されず漂流せざるえない者たちを描いていているように思え、信念に基づきデモをしたり強引にテニスの試合に参加しようと試みる西欧思想とは違い、いまだ揺らぎにあるようにも思え、逆に良く言えば幅があるというか、なんちゅーか、そうした中華に思える。
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