その1
厭世観とはなんぞや、と、こないだペシミズムやショーペンハウアー、仏教での厭世観をちょこっと調べたけど、もっと整理しようとするも、その前に、こないだ中山忍目的でダブしていた今夜くらべてみましたを観たときに出ていた実写版少女椿の監督のトリコさんが気になり、どんな作品やってんだろうと調べ、イケルシニバナってなんだ、とあらすじ読むと、長いし、デスゲーム参加型作品あんまり興味ないので頓挫するも、なんとなくなおどろおどろしさのせいか、厭世観を調べる気がまったくなくなる。そういえば、エモも厭世観と関係あるのかな。そうでもなさそうである。みんな元気に歌っている。
その2
コリンノエカラックスはペシミズムというよりは、ポーラXの冒頭の空爆戦禍、ガンモの竜巻、ノエのキューブリックフェチから察して、ニヒリズムなのかな、スコセッシとリンチは主意主義なんだろうな、と短絡的に考えてしまう。
とすれば、ノエは彼が好きなパゾリーニのパッション受難者から意志を見せるものとは違って、俯瞰的に世界を捉えるかのような永劫回帰な超人志向にも感じられ、コリンにおいては思春期にあるようなガンモその他に表される世界への恐怖から年を追ってその恐怖も姿かたちが変化してきているけれど、ビーチバムになるともはやおっさんになると恐怖も薄まり快楽主義のパッパラパになっているのか、或いは彼の年齢相応な、快楽主義のおっさんが抱く強迫観念が表されるのか気になるところとなり、スパークスを迎えてのカラックスはいったいぜんたい何になるのかが気になるところとなる。
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