秋菊の物語おもしろかった。ジャジャンクーがかつては同じような作品をつくっていたチャンイーモウなどが中国の恥部を描くなと自分たちのことを批判しているとなにかで言っていたが、イーモウやカイコ―は現状批判というより文革批判はやっていたけれど、現況に関してはそうではなかったのではないかなと思える(でも、赤いコーリャンや黄色い大地はそうだったかな)。かつて秋菊を観たとき、社会批判の作品かなと思ったと思うけれど(かなり昔なので記憶はあやふや。でもこうしたネオレアリズモちっくな作品を観るとそう思ったのではないかな)、今回は社会の矛盾を突くというよりはもっと不条理劇な印象と捉える。トラジコメディな感覚。よって、ある意味、寓話性も感じられる。このキアロスタミなタッチの作品、たしか隠し撮りで都市などを撮影したのではなかったかと思うが、それは街の生の表情を捉えるものであり、それすら変化の期待をもって変わっていく中国のその時間の切り取りしたように思える。そこにはまだ矛盾をふくんだ機構といったメッセがあるのだろうけれど、それ以上に変化していく中国の表情めいたものを浮かび上がらせるのが主眼だったのだろうと思える。現実を取り込みながらも寓話がこの作品にはある。オーディエンスはそこにはメッセという以上に皮肉や教訓めいたもの、人間というものをみるのであろう。
ログインしてコメントを確認・投稿する