レッドクリフおもしろかった。ツイハーク観ていたらローアングルと影絵的シャドウがやたらあったけれど、網羅しているわけではないので分からないけれど、迫力的描写や影絵劇からの伝統としてのシネマの意識を持っているのかなと思ったけれど、場面展開が早く、それゆえ錯覚させるだけではなくごまかしもいろいろあるのかなと思わせられるハークに比すればジョンウー、じっくり事物や人物を捉える傾向に、ウルフシリーズの微かな記憶とフェイスオフやMI2の記憶と照らし合わせても思えてくる。それにコマ抜きのスローモーションもまた特徴であり、カーウァイのそれとはちょいと趣きが違う。エドガーライトがもし影響を受けているとしたらカーウァイではなくウーの方だろうな、というようなスローモーション。筋的にもウルフのシリーズの如し仁義と大義を重んじるもの。男同士の関係性、そこに潜む愛や嫌いをじっくり描写していくもの。そこをじっくり表すから上映時間がこれだけのものになったんだろうなというぐらい、じっくり描写している。関係性も東アジアらしいウェットなもの。フェイスオフでの関係性もそうである。アメリカにももちろん男同士のユニティあるけれど、西洋においてはもっとサッパリしたドライなものだけれど、フェイスオフでの仲間同士の関係性はアメリカ映画には見当たらないウェットにビショビショである。そして愛する対象へのビショビショもまた同じもの。そうした仁義が男の譲れない大義の方向性と結びつく。
それにしても、誰も勝者はいない、というもの、あまり映画的すぎて、敵をも許す寛容さを表しても、あれだけ殺しまくってのあれでは説得力がない。という気もするがチャイニーズ的思想性はあるのかな。
無難なエピックものが共産党上層部を怒らせずに多く作られているようであるが、香港映画人は今回の制圧的動向に対して声明を出しているの多くいるのかな。そんな声明だしたら今後の活動にも影響を与えるだろうけれど、そのままほっといたら、例えばカーウァイなんか今まで制作してきた作品たち、退廃映画のレッテルつけられ永久追放されてしまうのではないのだろうか。という気もしないことはない。
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