麦の穂をゆらす風よかった。リフ・ラフなどドキュメンタリータッチなカメラアイが写し取る、意味あるなにげない日常、そしてそこには上層イデオロギーに対する怒りが在るが、トニーリチャードソンなどに描かれる、まるでオアシス兄弟のような怒れる若者ほどにはダイレクトには怒ってないけど、社会現状の不条理はあぶり出される、というあやふやな記憶である。かなり昔、ケンローチは数作品であるがよく観ていた。アイルランドといえば私のイメージでは、ジョンフォードであり、特に『静かなる男」のデュークや同作品でのヴィクターマクラグレンや同じ酔っ払いの鼻先が赤い『男の敵』のマクラグレンや彼とそっくりのAC/DCのブライアンジョンソンである。皆酔っ払いで、アイリッシュは酒飲みのイメージだ。無駄話が長くなってしまった。
ケンローチの作品を観ていたのもそうとう昔なので記憶はあやふやであるからはっきりしないが、麦の穂をゆらす風はストラクチャー的にかつてのローチよりもきっちりかっちりな感じがした。スピーディな展開というよりは要所要所をおさえていくセンス。私的には無駄を(しかしそれは決して無駄なショットではないのだけれど)見せていく方が深みを感じてしまうので、感化されるものが少ない。主人公が言うように「そこまで価値があるのだろうか」という戦争、というより殺し合いのなか、プライドというよりエゴが因果応報の運命に表され、主人公は”男”になる、そういった印象である。最初の方のイギリス兵の横暴は、そりゃIRAも怒るよな、と、かつてピーターバラカンがホストをやってたニュース番組でベルファウストの悲劇やっていたけれど、それを思い出しながら、そう思って観ていきながらも、やがてそういう雑念もなくなり観いっていくも、裏切った幼馴染の処刑や前述した主人公のセリフが構造に活かされ、きっちりかっちりが成され、なにか余白を感じることがなかった。余白から引き出されるものに感動するところがあるので、いまひとつ感化されなかった。しかし、ローチは必要なものだけを表し、そして問う。ヒトやセカイの在り方、いろんなことを考えさせる余白はもちろんある。
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