枯葉よー、かれはよー、となにかフランス人は過去を懐かしむ、というか、過去ばかり見てるようなイメージだけど、ボードレールが『現在』をうたうポエットとして珍しがられた当時からすれば、フレンチの歴代のポエットは過去が好きなのか、そうした遺伝子は引き継がれているのか、ノエなんか、あーすればよかった、あーしてたらのタラレバが多いし、一方アメリカン、トラヴィスビクルの内面の声は(彼のカーキ色のベトナム戦争のコートが過去を物語るとは言え)現在のアメリカはこうならないかんとばい、というプラグマティズムのアメリカらしく現在にしか志向してないし、一方カラックスは過去の恋に引きずられっぱなしなのが多いし、一方コリンはアメリカンらしく、(過去の竜巻が起因する街の廃墟さが表されていても)ラリってる感じの語りでも現在しか語らない。フランス人は過去が好きなのかな。過去フェチなのかな。過去沼か。
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