『ハード・コア』
こないだ観たけどまた観る。矢口史靖と山下敦弘は、スウィングガールズとリンダリンダリンダを観て以来、新作が出るとほとんど必ず観ている。今作もおもしろかった。外から来た者が主人公に転機をもたらすという山下テクストの一貫性があるけど、そうしたストラクチャーと、コーエンズに匹敵する独特のオフビートがよい。自作のマーケティング対象の想定者は誰なんですか、と尋ねられると、何も想定してないでいるのでいつもアタフタするけど、山下敦弘テクストを観てると、想定されている、というか、観るオーディエンスは生きづらい世の中に生きている人々なのかなと思ってしまう。大きな物語が終わり小さな物語の住人ばかりとなり、でもある特定の集団社会には参加しなきゃならずにいて、以前なら忠臣蔵にいればよかったけれど、そこでギャップを感じる違和感者だらけとなり、つまり世の中はそうした者で溢れている、とすれば、山下敦弘テクストに表されるものに心情どこかリンクする方々が多いのでは、と思えてくる。矢口史靖テクストにおいてオーディエンスは、観ながら違った価値観もこの世の中にあるのに気づかせられる、ということではないかと思うが、それはそのファンタジー性へのいざないによってもたらせられ、ある意味それは、多くの映画作品の常套手段であるが、山下敦弘テクストはダイレクトにオーディエンスの無意識なるものを代弁してくれているのかな、そこが多くの人に愛される理由なのかな、となる。
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