『旅のおわり世界のはじまり』
エキゾティズムにいざなわれる。山田洋次的にいえば、レポーターはつらいよ、か。世界ふしぎ発見のレポーターもテレビカメラの前では笑顔でも、カメラから外れたらメンヘラなのかな。観ていくと、羽仁進のアフリカ物語のキャティにマエアツが感じられてきたり、キアロスタミのお友達のお家はどこ?と探し回る、或いははじめてのお買い物の子供に見えてきたり、やがてマエアツ、マリアシュナイダーに見えてくる。ベルトルッチの方ではなくアントニオーニの方である。アントニオーニの不毛の迷路が多分にある。でもってコンサート・ホールでは、ダニエルシュミットのマニエリスムにも感じられてきたり、でもしかしながら、やはり黒沢清にしか撮れない絵だとどんどん感じられてくる。不毛の迷路で悩み抱えるマエアツ、陰影のなかクロサワらしく中身と外とのズレが表される。彼女自身の知らない彼女自身、探し当てられない。羊のように飼いならされることから解放されるべく外国に出ても、ズレばかりがあらわされる。あのテレビ放送の火事である。枠外にある見知らぬ出来事がリンクする。彼氏の声はクロサワ的な彼岸からの声にも感じられる。でも生きている。繋がないようでありながらも、愛があること、伝説の羊を見つけたマエアツは賛歌を歌う。
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