『HANA-BI』
Mが積み重なればSになるとすると同じくして、大学二年生が考えるような論法である死と再生が表される。子供心に充ち溢れている。キッズリターンと同じようにヒリヒリしている。そして、ヒーヒーと泣きじゃくる子供の心やおもいっきり笑顔でいたずらしたら駆け回る童心が、ヒリヒリしている主人公、西の内面として表されている。切なく悲しく優しさが素直に表されている。堀部が再生へ向かうとき、西は死へ向かう。堀部が童心を取り戻すとき、西は花火を高く打ち上げる。この頃、北野武は死への言及がとても多かったように記憶するが、死への憧れがあったのだろうか。しかし、想像の世界、おっかないものへは向かえないのが生きる術なのではなかったのか。冒頭、現在の西が表され、過去と現在のカットバックが表される。様々な意味は決して定められず、その男には内面の変化がすでにあることが表されている。顔をやや下に向けることで人物の感情を表したりほとんど無言での行為によって心理を表すメソッド、ブレッソンやタチから学んだのかな、とかつては思ったけれど、そうではなくたぶん、芸人の基本的な法則であるマイムをそのままに表現しているのかな、と考えてくる。漫画のコマ割りのようなショット群であるが、福田雄一の漫画のコマ割りと違って、もっとコマ自体が動的に次のコマへとつながるようなセンス、順撮りであるから、アクターの気持ちの変化のみならずショットの繋がりと画角、スムーズに繋がるもの感じられ、しかもそのグリッドひとつひとつを際立たせている。モーションに絵が表されているかのよう。絵もマイムも芸事も、そしてエモーションも究極を迎えているかのように挑んでいる作品に感じられるけど、そうであるならここで逆に、死への憧憬をふっきることができたのかな。
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