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2020年05月13日22:24

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ジャンボ鶴田怪物伝説(606)

まず本文に入るに先立ち、本日5月13日はジャンボ鶴田さんの20回目の命日に当たります。故人の生前の偉大なる功績の数々を讃え、改めて哀悼の意を表します。

85年6月19日、東京・世田谷区の池尻大橋にジャパンプロレスの本社兼練習場、合宿所落成記念のお披露目レセプションが行われ、約400人の関係者が出席して盛況でした。

また、同席上で大塚直樹代表はジャパンプロレスと新日本プロレスの間に起きていた契約関係、テレビ放映といった諸問題は全てクリアされたと発表しています。

団体として活動を開始してから半年での新社屋完成はジャパンプロレス、長州力の勢いを証明するものでしたが、物件の所有者はジャパンプロレスのタニマチであった竹田勝司会長であり、ジャパンプロレスから毎月賃料が竹田会長に支払われていたことが後々選手達の間で問題となり、分裂の一因となりますが、この時点ではジャパンプロレスは前途洋々、日の出の勢いにあったと言えます。

6月27日、東京・品川のホテルパシフィックで記者会見が行われ、長州のジャパンプロレス社長就任が発表されています。現役レスラーの社長は全日本プロレスの馬場(この時は日本テレビから出向の松根光雄氏が社長)、新日本プロレスの猪木に次いで3人目。

ジャパンプロレスは竹田勝司がオーナー兼会長、大塚は取締役になっています。

この人事で見えて来たのが「ジャパンプロレスの完全独立」と「自由なリング」。大塚は「両巨頭(馬場と猪木)に縛られない団体運営を目指したい。新日本プロレスやUWFの選手が上がれるようなリングとしたい」と理想を掲げ、その為には長州に社長というステータスを用意することで独自にスポンサー集めや日本テレビ以外のテレビ放映の実現に向けて、水面下で活動を開始することになります。

また長州社長就任会見の席上、6月21日、日本武道館でタイガーマスクを破りNWAインターナショナル・ジュニア・ヘビー級王座初防衛に成功した小林邦昭が「この日本にNWAの名のつくジュニア・ヘビー級のベルトが2つあるのはおかしい。王座統一戦をやるべき」と新日本プロレスのNWA世界ジュニア・ヘビー級王者であるザ・コブラに対し王座統一戦をやろうとぶち上げました。

しかし、コブラはこの年の8月1日、両国国技館におけるドン荒川との防衛戦を最後に王座を返上してしまい、話は頓挫しました。この話は当時NWA第一副会長だった馬場も追認という形で了承していました。

いつもこのような団体間の事前根回しのない挑戦や対戦表明は、新日本プロレスの方から仕掛けるのが恒例でしたが、陣容の優位さもあってか、余裕のあった馬場が黙認した感じでした。ジャパンプロレス勢に出て行かれた新日本プロレスの方がわだかまりを持っていたと思われます。

その一方で、新日本プロレスは坂口征二副社長が手薄になった日本陣営を補強すべく全日本プロレス所属選手、メキシコ遠征中だった越中詩郎を初め、アメリカ、プエルトリコで試合をしていたケンドー・ナガサキ、プリンス・トンガ(キング・ハク)らに引き抜きの声をかけています。
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