『アラビアの女王 愛と宿命の日々』
ベドウィンやペルシャ、アラビア世界のことがもっと分かればより認識が理解と結びつきオモシロみを感じたんだろうし、スペクタクルシーンがなく32ミリオンダラーも製作費どこにかかっているのかなとは思ったものの、ただのメロドラマにも思えなかったし、主人公に沿ってロマンも感じられたけれど、そこそこそこよ、と、そのロマンってのがヘルツォークにおいて大事なんだと深く思わせてくれた。とある本に、ヘルツォークはロマン主義の伝統にあるとあったが、なるほど、キンスキーの狂気が邪魔してヘルツォークにはただただオブセッションが描かれているとばかり感じていたけれど、ロマン主義だと言われれば、なるほどと納得できる。砂漠と旅団が表されるクレーンショットや主人公の手紙でのモノローグ、それらによってベドウィンに対する崇高な志向が表され、ヘルツォークのこれまでのサードワールドへ向けたパッションがこの作品で表されるこれそのものなんだ、となる。主人公の軌跡を追っていくとき、砂漠を旅するキッドマンに久保田早紀のあの音楽が聴こえだし、キッドマンの顔もやがてヘルツォークの顔に見えてくる。
ん?ナスターシャ・キンスキーでこの作品を映画化する計画はかつてあったのだろうか。でも、キッドマンの登場がなければ、ロマンに満ちた女性キンスキーは誕生しなかったであろう。
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