『完全なる飼育 赤い殺意』
一番の快楽は、ハナシ的にとってもスッポリと丸くおさまることである。これほどまでにスッポリとおさまると、とても悦楽になる。ストックホルム症候群的拘束依存から、女性性を知ることによって抜け出す、という若松孝二らしい通過儀礼的なスッポリとした作品である。ただ、あれだけ佐野史郎を怖がって拒んでいた主人公が、大沢樹生と結ばれることをすんなりスッポリと受け入れること、クエスチョンマークもよぎったが、若松はいつも儀式的なものを表すので、それはそれでファンタジー的でよいのかも、となる。またもや冬彦的なものを体現してるのか佐野史郎と思ったが、よく見ると、家の外では認められていなくて家の中で専制君主ぶりを表すようなキャラで、マザコン的冬彦とは違いがある。でも、外でどのようなことしているのが表されることはなく、ただクルマでやってくるしんちゃん、暴言吐いて怖がらせるしんちゃん、そうした姿だけしか表されないので、外のストレスをうちに向けるという原因は表されることないので、その内実性の人の怖さというものがアピールしている感覚ではある。最終盤の刺す姿は無表情であり、主人公に対する愛という感情が実は表されている感覚あって、その姿は怖さが表現されている。
コタツがある部屋での最初の主人公と大沢のやりとり、若松的カット割りと画角だな、となる。ハナシ的には何か、狂走情死考の男女の逃避行を思い出させる。玄関を壊す大沢のシーンはとても若松的である。音楽は益子恵一という方がやられたようだけど、若松の要望があったのだろうか、とても昭和している。
タイトルは偶然で、イマヘイなところも新藤的なところもないだろうと思っていたら、極めて若松的だけれど、何か新藤ミーツ今村的なオマージュも感じさせるもの、とてもあった。確信犯的なもの、かのように。
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