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2019年04月24日21:09

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見聞録50


今宵は幾分か寒いというのに、エアコンのスイッチを入れると冷房に。。。消そうとしてもリモコンのストップが効かない。冷房が稼働し続ける。まるでウエストワールドみたいに、AIが反乱を起こしている狂気の沙汰である。コンセントをはずすと、ようやくユル・ブリンナーが生き絶えてくれたかのような安堵の気持ちになる。

あと1エピソードのみを残す感じとなったがウエストワールド、フィロソフィカルか禅かのような悟りのゆったりしたスローな流れなのか、ただのもったいぶらせか、或いはふりが長いか、それらが判別のつかないようなリズムのドラマが続く。ラストは期待しよっと。さて、エド・ハリスが演じるキャラ、観る前はユル・ブリンナーと同じ役回りなのかと思っていたけれど、観てると違うのかとなったけれど、でも、マイケル・クライトンの原作やゆるキャラではないブリンナーの映画作品はそれよりずっと前のものではあるけれど、新自由主義の妄走という意味では、ハリスもブリンナーもなんとなく似てるキャラのように思えてくる。いかにもなアンソニー・ホプキンスの期待を裏切らない彼らしい神キャラよりは、なんだか面白い。

トイレのペーパー入れのアルミにうっすら写る自身の姿を殴りまくる時はブレイキング・バッド、なんだかツイン・ピークスしてきてるな、と思ったけれど、その後に表される善と悪の非有化はそんな感じになってきたけれど、リンチのみならず、感情を抑えることを知っている禅的な日本人(逆に言えば、感情の出し方を知らない日本人)と違って、物を壊して怒涛に怒るまくるかと思えば、いきなり逆に全身全霊に泣きだすスコセッシなアメリカンが、アメリカのドラマらしく表されてくるが、シーズン3かな、地下の工場は、煌びやかにアメリカの尽くせば最高を摑まえることができるアメリカン・ドリームのシチュエーションを描きながらも、実は転がされている人々の社会というものが表され、自由主義の末裔をアイロニーしているようで、でもそれ自体が映画作品その他によくある感覚とも思えるけれど、コーエンズがいつも表すように、誰しもが運命に転がされていること登場人物全員に表され、それ自体驚きがないけれど、かっぱえびせんを食べてるようなリズムに巻き込まれている。まさにつけっぱなしにだだ漏れ流れなTVを世界と重ねていて、なんだか面白い。
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