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2018年08月27日01:12

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本史関ヶ原119「石田三成という人間」

○「本物の手紙史料だけで読み解く関ヶ原合戦」で解析してきたデータに、創作による廟算値も次第に一致。残る問題を詰めるため、キャラ設定を付加します。

○吉川広家が「後巻きに出る」にあたって、南宮山の裏で「後詰めをする役目」を石田三成に任せたと推定。しかし石田は、その役目を引き受けていながら、途中で「山中に陣を下げてしまった」という展開が導き出されてきました。この展開であれば、吉川が「退路も確保せずに後巻きをしていた」という疑問点も、小早川秀秋が「途中で前線に出てきたうえ、徳川家の誓詞をもらって寝返りを決意した」という行動も、最終的に関東側は「山中で石田たちと戦闘した」の確定事実も、全部つながって「つじつまが合う」からです。そこで前回、石田の人間性を「できないことをできないと認められない性格」としてみたわけですね。

○この性格パターンには、いくつかのタイプが見られます。まず多いのは「自分がそれをできない」ことを認めたくないがため、やらなくて済むように、言い訳を重ねて、のらくらと逃げ回る性格です。度が過ぎると、周囲からは「無責任なやつ」と思われるわけですね。その反対が「やったことないけど、やればできるだろう」と安易に考える性格です。できないなら「できない」と言えばいいものを、調子よく引き受けて、結局は失敗して、周囲に多大な迷惑をかけるやつ。どちらであっても「周囲から優秀だと思われるタイプ」ではありません。自己評価が高いだけで、他者からの評価は低い者です。石田は「どちらでもない」と思われますし、現にデータとも合いません。前者だったら「役目を引き受けない」で済ませたでしょうし、後者だったら「途中でやめていない」でしょうからね。

○できないことは引き受けないタイプには、攻撃的な性格もあります。「自分ができない」ことを認めたくないので、そのやり方が「間違っている」とか「やっても意味がない」とか言い張って、否定するタイプです。文学畑は、こんなのばっか。このタイプは「自分がやらなくて済めばいい」だけではなく、「できる者がいることさえ認めない」んです。だから潰してしまうわけです。石田がこれだったなら、吉川の想定に難癖をつけまくって、想定そのものを潰したでしょうね。

○石田の行動は「引き受けた」けど「途中でやめた」です。この行動パターンにあてはまるのは、それなりの実力が伴う者です。つまり「できない」ことの言い訳で「できる必要はない」と無理に言い張っているのではなく、本気で「できる必要のないことだ」と確信しているんです。このタイプが「必要ない」と否定するのは特に「基本」と「過去」ですね。自分が「ハイレベルなことをしている」と思っているうえ、ハイレベルなことが「努力もなく、いきなりできる天才だ」と思っているので、「基本を学ぶ必要はない」と否定するし、基本をやる者に対して「チャチなことをやってやがる」と見下すんです。「過去」を否定するのも同じことで、現代の「最先端のことができる」と思っているから「古い時代のチャチなものに価値はない」と思うんです。このタイプを、マイクル・クライトンというSF作家が作品の中で「唯現代主義者」と表現しています。私は石田をこのタイプに想定しましたが、すなわち「鉄砲の時代である現代に、弓矢の時代の戦術なんて価値がない」ってことで、今さら「できる」必要などゼロってわけ。

○石田も教養はあるはずなので、きっと『平家物語』や『太平記』を読んだことがあるはずです。無論これらは物語で、戦闘シーンはフィクションですが、だからこそ「現役の戦国武将」にとって「古い時代の話」でしかないわけですよ。鉄砲の時代に生きている石田にとってみれば、弓矢の時代の「戦闘駆け引き」なんてものは、リスクの高い「愚かな行為」にしか思えないってことです。つまり石田は「古い戦術」を、存在としては「知っている」けども、詳細な方法を具体的には「知らない」んです。「平地での戦闘駆け引き」ということについて、聞いたこともなくて「知らない」という意味ではないんです。当然「知っている」けども、こんなリスクだらけのチャチな戦術を「具体的に学ぶ必要はないのだし、実際にできる必要もない」と「思っている」ってことなんです。石田にしてみれば「なんのために新しい戦術が生まれたのか。古い戦術にはリスクがあるからではないか。故太閤様も常に新しい戦術で勝ってきたのではないか」ってわけ。

○けれど吉川が、それを持ち出してきたとき、石田は「否定しない」わけなんですね。頼まれれば、その役目を引き受けることさえするわけです。なぜなら、石田も「それなりの実力者」で「現代」戦術も知らないド素人ではないからです。もしも吉川が「平地での戦闘で勝敗をつける」くらいの想定をしていたら、石田も強く反対したでしょうが、でも「想定の中の一部」でのことですからね。それは石田も理解しているんですよ。廟算値の可能性にすぎないことだから「引き受けた」のであって、実際にやる気は微塵もないんです。ちなみに石田が「できないものはできないと言える」だけの「本当の自信」を持っていたのなら、「こんな古いやり方を想定していて、だいじょうぶですかね?」とかって素直に言えたはずなんです。言えない性格だからこそ、黙って引き受けるけど、しかし「やる気はない」んです。だから石田は「自分に都合よく解釈する」んですよ。ここがポイントです。石田の「主観的理解」における「吉川の想定」では、「敵が稲荷山を取りにきたとき、後詰めが叩く」というのは、「敵が多良を通って近江に入るから、高宮を塞ぐ」というのと「同じ程度の可能性の話」でしかないわけ。

○だとしても、それは決して「間違った考え方」とも言えないんです。おそらく吉川のほうでも「敵は必ず稲荷山を取りにくる」とは想定していなかったでしょうからね。しかし「考え方」のズレが生じてしまうことで、吉川と石田のあいだに行動のズレが生じてしまったのだと思われます。大胆不敵にも、後巻きの対陣を平然と続ける吉川。すると石田は「約束が違う。すぐに退却するんじゃなかったのか?」と思うってわけ。この場合、背信行為をしたのは、どっちですかね?
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