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2018年07月16日22:58

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実録・連合赤軍 あさま山荘への道程


『実録・連合赤軍 あさま山荘への道程』
予算がないことによりテレビの再現ドラマ的につくられているという評もあるけれど、んなものなく、ヨミウリでもマイニチでもテレアサでもなく、まさにワカマツである。テンポのよいモンタージュ、既成のフーテージと演出されたイメージとの連結も低予算ゆえの寄りの絵もスタイリッシュにカロやかに表され、スタイルを重視してたオオシマとの共闘関係もこれだから納得とプログレスしてく。赤軍に表されるものは、狂気の殺戮でもマインドコントロールされ歪んだものへの変化でも、蔑まれて表されるインテリでも、或いは英雄譚でも勿論なく、集団の恐怖でも不可解な殺意でも運命でも全くなく、ここに表されるものは読み取れない時代においてもの揺らぎなき革新である。運動および赤軍ができるまでの章、アジトでの訓練と鬼畜大総括会の章、逃走と闘争の浅間山の章とに分けるにしても、第一章の理想と逮捕者数によって明るみになる公権力の暴挙と彼等と民の思考のギャップや、第二章における森恒夫らのあまりにも恣意的にみえ狂っているような判断と、悲劇的にして疑問も浮かんでくる集団化に呪縛した儀礼や、第三章における井浦新の誠実さが表され負の美学ではない、公権力に向けた意識の実践的志向性には、時代或いは歴史に抗う一貫して在る精神が揺ぎなく清々しいほどに顕れている。成り立てには卑怯にも闘争から逃げ出した森も僻んで弱い者いじめしているようにみえる永田も、ふたりが新に結ばれたこと告白するときには、共産主義に対しうる精神性は全く清いこと、そのことためだけに精進していること、表される。一方、粛々と行われる粛清と家族社会をも粉々にする先鋭した思想、或いは坂井真紀の醜くヘンゲした顔には、決して美化できない精神もが表される。様々な混沌は、読めない時代に抗うものとして確かに、ヒトに生まれること表される。そしてそれは、ヒトの世が存続するからこそ続くもの。喜怒哀楽醜いものは観音菩薩によって捉えられる。闘争運動も終わりを見せ始め、アンチをも取り込み公権力の美学をエンタメする『太陽にほえろ』が始まったと同じ1972年に興った浅間山荘事件、精神の継続性は、イイ悪いは別にして、精神とは抑圧されるべきものではないこと、抑圧されえないこと表される。逮捕者数や最終盤の赤軍のその後の行動の記述は、英雄譚でも悲喜劇でも殺戮の記載でもない。総括される落とし前、ヒトの世界に必ず在る拮抗が記せられている。アンバランスなヒトの世がゆえに、革新は生まれる。感情があるからこそ革新がある。



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