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2017年12月11日17:11

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愛を読むひと/レボリューショナリー・ロード/燃え尽きるまで



『さよなら、さよならハリウッド』でウディアレンはスピルバーグとワインスタイン兄弟は安息日には働かない、というジョークを言っていたっけ。90年代はドリームワークスとミラマックスは壮絶なキャンペーン戦争を繰り広げたらしいが、ワインスタイン・カンパニーとドリームワークスは現在においても仁義なき戦いを繰り返しているのだろうか。それぞれが天下のタイタニック女優ケイト・ウィンスレットを配した作品それぞれでゾロ目が出るが如くに、アメリカ映画のメジャーな賞を同じ2008年にそれぞれが頂いている。スピルバーグとワインスタイン、意外と仲が良い。

『愛を読むひと』
スティーブン・ダルドリー、『めぐりあう時間たち』の時間軸に表されるものと同じものをあらわす。それは、時を超えてあるもの、そう、それは“物語”、決してフェアリーテールではない物語である。ワインスタイン兄弟が打って出たイングリッシュイングリッシュしている物語、罪は共有されなければいけないという歴史なのではなく、物語は分かち合い語り継がれなければいけない愛だということ、あらわされる。

思い遣り、というよりは気遣い。ジェーンオースティン的にいえば、プライドと気遣い、である。それがレイフ・ファインズと歴史に表される一方、ケイト・ウィンスレットには勤勉があらわされ、感受性が表される。教会で涙するハンナには教会の一件があるからだけではなく、物語に感受する彼女の姿があるのだ。再会のシークエンス、年老いても目をギラリとする彼女には一途な愛が表される。それはマイケルに向けたものだけなのではなく、物語を語り継ぐ人々である我々に向けたものである。


『レボリューショナリー・ロード/燃え尽きるまで』
倦怠期フライドチキン。倦怠期だけれど灼熱の恋が表される。エスタブリッシュ・シークエンス、人生は舞台であることがあらわされる。人生は先の意味が分かることのない芝居である。キャシー・ベイツをはじめとしたアメリカ人たちはスペシャルであることを求める。そしてそれは、整っているということ。そこにマルクスが言うところの疎外が表される。スタンダードが求められるプラスティック社会における疎外。

サム・メンデスは『アメリカン・ビューティー』と同じように、サバービアンに潜在するビョーキを表す。絶望の虚しさ。

輝く未来がある。ケイト・ウィンスレットが言うように「逃げ」ではなく「生きる場所が欲しい」のだ。しかし人生はおままごと。なにをしているのか、するのか、分からない芝居である。のぞかせる女性性、、洗いものをするときエイプリル・ウィーラーは泣く。そして彼女は整然と卵を溶く。


ケイト・ウィンスレット、どちらの作品においても、死に臨むときの女性性が印象的なものを放っていた。


『ミルドレッド・ピアース 幸せの代償』はレンタル屋にもないし、発売もされていないのだけれど、どうやって観ればいいのだろうか。WOWOWに加入すれば過去の作品を観ることができるのだろうか。。。ケイト・ウィンスレットが出ているというより、トッド・ヘインズの研究において大事な作品である。



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