批判や怒りの感情だけではない。ハピネスもまた突然(予期なしに)あらわれる。奥行き在る空間で、我々はその喜びに触れている。主語は十人十色、それぞれの思っているなにかは、突然にあらわれる。
視覚が分散される。視覚は灰皿で床を傷つける音、様々な国のそれぞれの言葉、思いを込めた哀歌、反復しながら広がる集団の動き、そして訴えに、彼らの所作とともに、我々に内側に訪れる。
換喩されるのを避けるかのように動く人々、そこには我々が映し出されるかのよう。生活が在る。冬のキンモクセイの匂いや、なにかフッとあらわれる匂いのように、それは記憶に植え付けられたものかもしれないが、匂いがあらわれる。彼らが動くときの、その場に現れる汗や体臭、それが心地よく、生活のなかにおいても身近にある生活の匂いが表される。生活の匂いとして有るのである。
生活世界、人はそこに住みながら、奥行きを感じている。その空間に、我々の持つ感情は予測なしに訪れる。出来事は驚きに充ちたものとして、私たちと出逢っている。そうした形で、私たちは生活世界ともうすでに出逢っている。

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