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2015年11月11日21:20

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gomphos+carpos


フォト

gomphos+carpos 2015.11.2 江古田BUDDYにて

   藤田陽介の朗詠の温もりにぬめり込むように地下の江古田BUDDYへハマりゆくとき、吉兼聡と千葉広樹のフリーキーなハウリングに包まれ三つの女神たち~田路紅瑠美、尾身美苗、小松睦~はあらわれる。宵月夜に反応するかのように、彼女たちはその夜と化しながら、自然を露とさせる。三つの影は絡み合い音をヒカリへと変える。なにものでもないモノをあるがままのものとして露わにさせる、その舞いは、巫女のそれでは当然なく、供儀のトポスを生むことはない。人として在り、欲動を発するのである。
   祭りは人が人としてあるための表象だ。神を慈しむのではなく、崇めるのではなく、憑依するのでもなく、自らを創り出したものを主張する。能力が月夜に芽生える。祭りはそのために在る。
   くふきはやおろずを動かす。四人が踊る。その夜を祝うかのように、主張する。溶け合う夜に自らの存在を、その場に突きつけ、人々がイマージュと成る。鳴る音と自らに成りきる四人。四人は平衡を保つのだけれど、岩下竜太は男気、女人を支える。分散し優しく支え、しかしながらみずから力強く、そうした己を主張し溶け合う。田路紅瑠美はその場を生み出す。彼女がその場を生み出すのである。ヒカリは彼女を照らし出す。人々をそのイマージュのなか生み出し、彼女は自らを創り出す。尾身美苗の切れのある舞い、求心力となり流れを増幅させる。イマージュは集中する。人々は集中し、そうであるから高揚する。尾身の舞い、こゝろ踊り出す。小松睦は自らを主張する。力強い。空気に溶け合うその舞いに、自然は露と鳴る。祭りは人が人としてあるための表象。チカラが月夜に芽生えるために在る。


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