『活きる』
絵を重視するカイコ―に比し、ヒトの気持ち、気分の顕われ、それもその素朴な現れをイーモウは重んじる。それゆえ、運命あるいは歴史に翻弄される人間といったもの、それが表象化されることはない。人間という形象しか彼が描く世界にはない。生の世界に人間、ヒトというものが描き切れている観がカイコ―よりもある。表象にならないのは、人物にあるキャラを極度に剃り落し或る局面だけを強め表すカイコ―に比し、イーモウは内面をふくよかにしソリッドな刃は忍ばせ、その人物そのものが持つ- すなわち、ヒトそのものが持つ -丸みを帯びたものを(写し取るではなく)描きとるからである。
そしてそこにおいて、ヒトが神秘性を纏うことができる。カイコ―は歴史を表すが、イーモウは運命を表す。それ故、より自然体を描写しているように見えながらも、カイコ―よりも、ヒューマンのミステリアスな点が強くなるのである。我々がスクリーンで観るものは、その幾つもの点が結び合うことができる面である。人間は歴史ではなく、運命に対峙し生きている。
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