mixiユーザー(id:2566286)

2026年02月15日12:48

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註1
**器官なき身体(Body without Organs / BwO)**とは、
主に ジル・ドゥルーズ と フェリックス・ガタリ が提示した哲学概念で、
もともとは アントナン・アルトー の詩的表現から来ています。
一言でいうと
 「人間を“役割や機能で分けてしまう仕組み”から解放された、純粋なエネルギー状態」
 身体を
 心臓=循環
 脳=思考
 性器=欲望
 のように“用途別パーツ”として整理する前の、
 まだ固定化されていない存在のあり方です。
なぜ「器官なき」なのか
 ここでいう「器官」は医学の臓器ではなく、
 社会や思考が与える役割・意味・機能の枠組みです。
 例:
  普通の身体     器官なき身体
  私は会社員     ただの力の流れ
  私は男性/女性    性の強度の束
  私は人格を持つ主体  生成し続ける過程
つまり
 「人間とは○○である」
 というラベルを全部はがした状態。
 もっと直感的に
 子供が夢中で遊んでいる時
  自分が誰か忘れる
  時間感覚が消える
  目的がない
 → 役割を持つ“私”が溶けている
 = 器官なき身体に近い状態
音楽やトランス状態
 クラブ、祈り、瞑想、極度の感情
 → 主体が消え、強度だけが残る
ドゥルーズの核心
 社会は人を安定させようとする
  名前
  性別
  職業
  アイデンティティ
 しかし欲望は本来バラバラに流れる。
 BwOとは
  欲望が「人格」にまとめられる前の平面
 誤解されがちな点
  BwOは「身体を否定」ではない。
  むしろ逆で
  身体を機械としてではなく、可能性として取り戻すこと
 超シンプルな比喩
  人体=完成した都市
  BwO=まだ地図のない大地
  都市は便利だが、可能性は減る。
  大地は混沌だが、何にでもなれる。

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