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2025年11月30日11:04

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汚れた血  覚え書き


☆汚れた血(Bad Blood / Mauvais Sang 1986)
 *購入したので観る。これは今回4回目ぐらいかな。カラックスの作品、『ポンヌフの恋人』とか『汚れた血』とか『ボーイミーツガール』とか最初に観たとき、そのナルシスト度、私的には気さくな感じとか庶民性が好きなので、うわーなに?このナルシー、と、その気取り屋ぶりをネガティヴにゾワッと感じたのだけれど、何度か観て慣れたのか、受けいられるようになっている。描かれる登場人物に感情移入するというよりは、カラックスの実験映像性がきっと好きなのだろう(それはギャスパーノエも同じだろう)。とは言え、詩的に思い描くことは自身にもあるゆえ、『ボーイ・ミーツ・ガール』のミレーユとのアレックスの会話と同様にアンナとアレックスの会話は合点しつつ美しくも感じえてくる。また、マルセルカルネの共犯者プレヴェールの詩的伝統を受け継ぐものとしてフランス映画の一角を担うとも言えるのではないか(或いは、その復興)。
 *ポーラXと同様、主人公を慕い恋焦がれるパツキン淑女から逃れ、黒髪の、或いはブルネットのファムファタールが狂おしいほどまでの愛の対象となる。ビノシェが体現化するアンナとの夜に続く愛の会話の幕切れ、彼女がアレックスに落とす紙に書かれた文字は愛の返答であるが、それは母性の答えとして印象付ける。なるほど、だから次のシーン、ミレーユの登場による”母性の回帰”が納得できる。愛の返答は約束。主人公をヒーローへと導く。
 *絵画や写真のインサート、ゴダールをフェチってることうかがえられる。アメリカ嫌いもゴダールに追従か。いや、嫌いというより、ラヴ&ヘイトレッドが表されているのかもしれないふたりのテクスト。アメリカ女もまたアレックスに母性愛をのぞかせる。
 *裏切るか否かというサスペンスは、スリルのサスペンション、中盤からハナシをけん引する。
 *ラヴァンとピコリはその絆、アランドロンとジャンギャバンのフィルムノワールをリマインドさせる。このエイティーズ、ノワール★タッチにカラックスはリュック・ベッソンとジャン=ジャック・ベネックスとともにCinéma du lookと称されたけれど、ギャング物としてはカラックスの本作、ベッソンは『サブウェイ』、ベネックスは『ディーバ』が新しい波を語らしおん。
 *現在アメリカでも華開く大女優のビノシェとデルピーである。ビノシェはファムファタールにしては幼さ残し、同じ幼きラヴァンと共犯関係が結ばれる。デルピー、とてもカッコよい。恋のいちずに走る。バイクを疾走させる彼女、とにかくカッコよい。クール。カラックスのビノシェとデルピーを切り取るカメラアイ、そのショットショット、将来の片りんを(のぞかせる、というよりも)大アピール。
 *HIVなどウィルスを怖れ、ハレ―など彗星の衝突を怖れたフィヌ・ド・シエクル。そこからの試みられる脱出、そしてそこを舞台にした言葉少なくとも通い合う男たち同士の絆、裏切りの予感、そしてなによりそこで展開されるものは狂おしいほどの愛と報われない恋たち。自身の汚れた血を忌み嫌うのか、アレックス。自虐的なピエロ、そして仲間たちを世紀末の恐怖から救うヒーロー。そして、彼は此処にはない愛を求め彷徨うエトランゼ。フィルムノワールの形をかりながらも、カラックスが描きたかったのは愛なのだろう。それはボーイミーツガールからホーリーモーターうやアネットまで続くもの。自己陶酔に陥りかねないが、アートとはほぼほぼそうした成就のうえに成り立つものであろう。ラストのビノシェの舞うもの、それである。








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