2016年のFBがリマインドで出てきた。たしかこの頃はミクシィがなんかの理由で使えなかった頃だと思うので載せれなかったゆえ、ここに載せる。
以下
『太陽を盗んだ男』メモ
もうエイティーズの雰囲気の70年代最後の年である。そこにはブントはもちろん、神代辰巳や藤田敏八の、或いは石立鉄男や石橋正次のセブンティーズの雰囲気はない。沖田浩之や横浜銀蠅がストリートで踊っていてもおかしくない雰囲気である。なにも80年に入ってエイティーズがくるわけでもないが、70年代はとっくに姿を消していたのか。
日本は戦後、アトムにオブセッションを持ち続けて生きる。アトムは危険な夢である。
主人公が向かうエイティーズはまさにミーイズムの時代まっしぐらである。
タクシードライバーをくすねたようなショットは、弟をまねたかのようであり、レナードの本意とはかけ離れたものだったのだろう。
もはや貫禄ある感じでサスペンスばかりに出る池上季実子はやはりこのとき、旬の女優だったのか。かわいらしかった。DJなんか演じていて、時代がバブリーになっていくのをイメージさせる、
作品もおもしろかったけれど、時代の雰囲気の方に驚いた。
『太陽を盗んだ男』メモ2
日本人は日の丸と一体化するしかないのか。この作品、メッセージはない。インパクトのみがある。あさま山荘事件があった年に太陽に吠えろがはじまった。当時は爆弾犯が世間を騒がせたのだろうし、太陽もまた、そうした事件をエピソードにたびたび取り入れたのではないかと思われる。生徒たちが昔は熱血漢だったけれど今や昼行灯だと噂している。ジュリーはしらけた時代を通過して現代を生きる。メッセージはない。インパクトがある。ターザンになってスクリーン前面に飛んできたり、校庭のフェンスによじのぼったりして、雄たけびをあげる。ラストショットの主人公、そのクロースショットは80年代に向かっている。そして、それはまだインパクトとしてある。現代に向かっているのだ。
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