ゲット・アウトとミッドサマーを観るにあたり、怖いことよ、どっかからもかかってきんしゃい、という意気込みで、とりあえず、あらすじを読むことにする。これならば、どっかからかかってきても、心の準備ができる。あらすじはどうでもよく、どう表現しているのかを知りたいので、それはそれで、私的にはいいのである。さて、読んでの印象、どちらも供儀的サクリファイスと自慰的カタルシスがあるな、というもの。まず、供儀的サクリファイスa.k.a.いけにえである。どちらも、若さよこんにちわ、老いヨさばらっ、的なもの。エイジレスやゲームネスが導く現代病が感覚をもたらしているのだろうか。ある種の都市伝説的疾患、一方は社会批評的に描いているようであり、もう一方はその永遠性をウェルカムするエ/モーションしているかのよう。そして、自慰的カタルシスである。それはいまさらのことではないけど、さらに推し進めているかのよう。現代のオーディエンスは、他人の話を聴いてまるで自分に起こったかのようにエモーションするカタルシス(よって自分には、例えば不幸とかはふりかからない)でなく、自慰的カタルシスに憑りつかれているかのようである。ポスト・ジェットコースター・ジェネレーションでバンジージャンプ通過世代は、自身にあらゆる刺激がふりかからなければ満足できないのであろう。一方で、ほとんど安全というシチュエーションもまたありなん、でなければならない。が、その一方で死んでもさしつかえないような、死へのタナトスの期待もあるのだろう。か。あなたの番ですも、それがあったようにも感じられてくる。
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