モヒカン故郷に帰る、おもしろかった。沖田修一の世界は、食べるシーンなんか、生活臭モワッとさせるのが多いな。ストラクチャーとしてはキツツキと雨の小栗旬と役所広司が松田龍平と柄本明に移ったようなセンス。年配の方はただ思い遣りだけではなく関心と欲望をクリエイティヴな現場に向け、若人の方はその現場が通過儀礼的、というか、そこで大人になる。年配が若人にとっては無意識ながらにインフルエンサーとなる感じ。若人の方は意識的に年配から学ぼうとはしていないけれど、そうなる。ジュダイの騎士のように、マスター、私は貴方から何を学べばいいのですか、と謙虚な姿勢などこれっぽちもなく、若人は好きに生きている。松田は冒頭から主体性のない人間として表されている。どこらへんで松田が会得したのか、それはそのプロセスにおける全般に徐々に起こるのだけれど、それでも、あの指揮棒を振るときに、特に何か覚醒めいたの表されるのかな。さりげなく、というか、これだ、というものを表さずに、流れのなかで気付かせることなく変化もたらすのは、なんとなく面白いな、となる。無意識に会得するにあたり、松田龍平は絶妙なキャスティングである。
ps
会得するというより、若人は年配も持っている共通のなにかを、あるとき、覚醒させる感じかな。
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