新解釈・三國志おもしろかった。福田雄一と長期にわたる上映期間ということで気になっていたけれど、シアターには行こうとは思わなかったけれど、これ観たらシアターに行っとけば印象違ったかもとなる。観る前から心配になっていた、小劇場的なダラダラとしつこい繰り返し、、、やはりそうだった、されど母は笑っていたので、それはそれでよかった。もうろくしたか。かつてはこうしたのをくだらんとか言っていたのだが。こうしたダラダラはかえっていいのかもしれない。小林桂樹は私の時代においてはもはや重厚な演技をされる方という感覚であるが、小林曰く、社長シリーズの頃は舞台挨拶で壇上に上がっただけで大笑いとなる、と、その頃はそうしたイメージだったんだな、となるも、母が大泉洋を見た途端、笑っていたので、同じ現象か。テレビの印象が役を演じるとき邪魔になるのではと思っていたけれど、エンターテイメント的には寧ろ、それってプラスなんだな。夜更けにバナナで役者としてやはりしっかりしてるなと思ったけれど、どこかに彼自身、いつものパーソナリティは秘めているセンス顕していることも感じられる。岡田健史はこういう顔立ちいまどきたくさんあるからか、そしてバトンでも奥様取り扱いでも気づかなかったけれど、ウチの娘は彼氏ができないのヒトか、このドラマは今思えば菅野美穂や浜なんとか美波でではなく、この男優がいたから最後まで観れたとこあるけど、素朴さがなかなかよかった(なぜかバトンと奥様取り扱いではイモだったが)。。映画の印象はこんなところか。
ということもなく、新解釈・三國志、予算あまりかけてなくボロ儲けの風情である。これの素になるテレビの福田演出バラエティ、観てないけれど、あったと思うけれど、あれは、インターネットが普及したおかげでテレビから去ったカノッサの屈辱やカルトQの復活のようなものではなく、フェイクニュースのふりをしたポストトゥルースというまがい物のようなセンスだと思うけれど、もしそうなのなら、それはそれで、こうしたものの現代の意味合いが気になる。これを中国に輸出したら、政治と歴史のイデオロギー復活を目論む、かの国は、1億人総白痴とあいなったと大いに喜び、極超音速ミサイルをチャンスとばかり撃ちまくってくるのではないかと顔がペイルする。話はレッドクリフとほぼ同じ。中国の思想を取り入れるとき、よく分かんないけど、とりあえずやっとこう、あとで俺たち流にすればいいじゃん、という和の精神を、ある意味、そのまま体現したような作品にも見える。
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