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2021年05月12日23:00

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土竜の唄 香港狂騒曲

土竜の唄 香港狂騒曲おもしろかった。続けて観ると、アウトレイジや新宿スワンがちゃんと続編仕立てに登場人物が続けて出ているのに比すれば、整合性とかどうでもいい感じの三池ゆえ、大杉漣はヤクに手を出したから消されたか破門としても、伊吹吾郎も斉木しげるもいないし、新しい幹部いるしで、新しい作品風にお出迎えである。しかしながら、前作から続いて、いや彼のテクスト性におけるずっとあるもの、そう、赤い褌で結ばれた愛は健康的に健在である。前作で仲里依紗のところへメイクラブをお願いしにいくのも、生田をかばって撃たれまくった堤から続いてのシークエンス、生田の愛の志向は堤に向かっていたものに違いない。この作品でも男同士のくんずほぐれつの愛の応酬である。堤と古田の愛と憎しみのブラザーラヴ、生田と岩城の愛と憎しみの親子近親相姦、もはや仲も翼も菜々緒も蚊帳の外(親離れできていないサイコな坊ちゃん瑛太は男同士には相手にされない)。さすが三池である。岩城が捕まってないから三作目もあって然るべきだが、整合性なんか気にしない三池はこれはこれでいいのだろう。グレート三池である。

P.S.

堤が言う、青いとっぽいのがいいんだというセリフが出てくるが、初期の三池には幾分かあったけれど、現在は大人らしくウェルメイドで無駄なき筋ストラクチャーになってるけれど、青いとっぽいは岩井や園にずっとありまくり、たぶんオーディエンスはそうしたところも好きなんだろうな、というより、そうしたところが惹きつけられるんだろうな(それゆえつまり、ジャポネーズオーディエンス自体が青くてとっぽい)。三池崇史もすごくワーカホリックなイメージだけれど、園子温は今世紀に入ってインディーズのとき以上にそのイメージだけれど、岩井は前世紀がブームで今世紀に入ったら、、、と思ったらウィキで見ると、MVなんかもそうだけれど、かなりなワーカホリックなんだな。となる。岩井俊二の場合、ブームのとき立て続けてやってたときのテクスト性を省みれば、世紀末に生きるイノセンスの日常とその終焉、だったのか、でもそれは現在もまだ続いており、今世紀に量産する園子温においては、アポリカプスなんてあるわけない日常に生きる苦しみからの逸脱、なのか、となるも、それはずっとインディーズからあるもののように思える。サブカル的に、日本人の精神史と捉えても、様々な病巣、すなわち、オウム真理教事件、1989年に於ける「大きな物語」の終焉(ベルリンの壁崩壊以降ね)、宮崎勤による東京・埼玉連続幼女誘拐殺人事件(88〜89年)、阪神・淡路大震災(95年)、援助交際、東電OL事件(97年)、椎名林檎(97年〜)、和歌山毒物カレー事件(98年)、ロスジェネ、西鉄バスジャック事件(00年)、JR福知山線脱線事故(05年)、秋葉原通り魔事件(08年)、東日本大震災(11年)、東京電力福島第一原発事故(11年)、相模原障害者施設殺傷事件(16年)、座間9遺体事件(17年)、新型コロナウイルス感染症 (19年〜)と照らし合わせては「捉えない、或いは、すり寄せない」のが肝心であると思える。抜本にあるミームを捉えるとすれば、というのがよろし。
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