2002年12月15日、ガイアジャパン後楽園ホール大会で行われたAAAWシングル王座次期挑戦者決定戦、山田敏代とシュガー佐藤の一戦は若さとパワーでS佐藤が圧倒的に有利かと思われましたが、クイック・ゴリースペシャルボムで山田が逆転勝ち。全日本女子プロレス時代からの(昭和)62年組同期でありタッグパートナー、そしてライバルであった豊田真奈美のベルトに挑むことになりました。
年明けの03年1月12日、後楽園ホールで山田は豊田のAAAWのベルトに挑戦しましたが、22分20秒、豊田のジャパニーズオーシャン・クインビーボムからの体固めに敗れました。豊田と山田は最初は山田が「長与二世」として売り出され、豊田より先を走っていましたが、92年8月14日、全女後楽園ホールでの両者による敗者髪切りマッチに山田が敗れて坊主頭になってからは逆転、豊田に抜かれました。山田は首に慢性的な故障を抱えていたのも大きな要素だったと言えます。
豊田は引退した時は満身創痍でしたが、現役の頃は「ゾンビ」と言われ、そのタフネスさには定評がありました。
そのような流れから迎えた03年春の横浜文化体育館大会「横浜LIMIT BREAK2003」は4月6日に開催(観衆5,800人超満員発表)されました。
メインイベントはAAAWシングル王者、豊田に平成世代の切り札、里村明衣子が挑戦、25分を超える大激闘となりましたが、26分18秒、豊田がジャパニーズオーシャン・クインビーボムからの体固めで粘る里村を振り切り王座防衛に成功しています。
セミファイナルでは長与千種&広田さくら組の「チーム・エキセントリック」が尾崎魔弓&KAORU組のD−FIXと敗者髪切りスキンヘッドマッチで対戦。チーム・エキセントリックは02年頃から組み出した長与と広田の異色タッグチームで、「班長」が広田で「日直」が長与。WWEで使われていたリキシのダンステーマに乗って入場。ダンスパフォーマンスを披露し、広田が長与に偉そうに説教しメガホンで叩くいう主従逆転ユニットで長与が楽しそうにやっていました。(ライオネス飛鳥も「給食係」として限定参加)
試合は広田がつかまる展開となり、やはり広田が丸坊主にされるかと思いきや、23分42秒、長与が尾崎をアルゼンチン・バックブリーカーでギブアップさせてチーム・エキセントリックの勝利。敗れたD−FIXはセコンドのポリスもろともスキンヘッドにされてしまいました。
アジャ・コングと全女を退団して3月にガイアのリングに現れた堀田祐美子の試合時間10分限定マッチ、97年8月に全女の経営悪化が表面化、全女を去ったアジャと残った堀田との間には感情的な遺恨がありましたが10分では決着つかず時間切れ引き分け。延長戦が行われましたがノーコンテストとなりました。
女子プロレス団体ながら男子選手の育成を手掛けたことで業界の話題となった「GAEA BOYS」プロジェクト、この日は第1期生のお披露目試合として外国人練習生のビッグ・マック&スーパー・シンプソン組とグレート・ミラー&マッド・デビッド組が組まれ、12分32秒、シンプソンがミラーを体固め。しかし、GAEA BOYSもこの時だけで頓挫。01年の「クラッシュ・ジュニア」プロジェクトといい、この時代の長与の新人育成は上手く行かず…。
飛鳥&デビル雅美組vsダイナマイト・関西&山田組は17分35秒、スプラッシュマウンテンで関西がデビルを降しました。ラスカチョーラス・オリエンタレスがパートナーを変えて6人タッグで対決、下田美馬&植松寿絵&浜田文子組vs三田英津子&S佐藤&輝優優組は18分59秒、APクロスからの片エビ固めで浜田がS佐藤を倒しています。
第1試合の永島千佳世とカルロス天野のシングルマッチ浜田17分12秒、永島が得意の丸め込み、ウラカン・ラナでカウント3を奪いました。
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