サンダーバードみたいな操り人形劇でキム主席をやっつけちゃうの調べるとサウスバークの監督だったのね、サウスパークの無修正版を観たとき、チームアメリカはまだ見ていないけれど、なにか似ているなと思ったら、そうだったのか。こいつら国粋主義的アメリカを我ながら愛せるの、凄いなとなる。ジャッカスはイーヴルクニーブルへ追悼のあるのか。かつて親にバイクに乗ったクニーヴルを飛ばしてジャンプさせる玩具を買ってもらったことあって以来、クニーブルとモハメドアリは私のアメリカンヒーロー、ジャッカスにイーブルクニーブル像が蘇り、ジャッカスたちの熱さが私の童心、火をつける。ジャッカスは適当に見とこうと思い、2をみず3にいったけれど、number two観てよかった。これ見てなきゃ、ドキュメンタリー精神、というか、作品にかけるキャストとスタッフの気持ち分からなかった。えらい伝わったわ。
スパイクジョーンズの来日したときのインタビューで、渋谷は以前よりおもしろくない、きゃりーぱみゅぱみゅもあまり面白くないとあったけど、やはり今はおとなしくなっちゃって、90年代末から2010年代初頭の頃の方が街は面白かったのかな。言われてみれば規制に伴い、エナジーはどんどん薄くなってる感じはする。これがアベさんが言うところの、美しい圀、ニッポンのような気がする。
思えば、スパイクジョーンズとハーモニーコリンが全盛をなしていたときもクレイジーなアメリカはそのときのような気がする。フィクションとリアルがしのぎを削っていたころ。。トランプを選んだのはその勢いもあってだろうけれど、今やアメリカはフィクションに完全にのみこまれている。
スパイクジョーンズとハーモニーコリンがスケートボードと映像のとりこになりはじまったナインティーズから現在まで、やはりアメリカ映画史に大きく足跡を残したのは、言わずもがなにキャメロンとタランティーノこのふたりなんだろうなと改めて思う。これに対するアンチでスパイクとハーモニーはずっとあってほしいけれど。コーエンズがファーゴとノーカントリーで足跡残しても、ポールトーマスアンダーソンやトッドヘインズ、ウェスアンダーソン、或いは、フィンチャーがいても、ノーランが新鋭で朝の山みたいにドンドン進出しても、90年代からこの世紀にかけて、パルプフィクション、タイタニック、その後続く作品において、やはり横綱のような気がする。それにしても、ビグローモ含めて、どデカいな。
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