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2017年10月28日23:25

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ムーンライズ・キングダム


『ムーンライズ・キングダム』
ロッテントメイト―などの評判では、かなりのオモシロさと好評であるが、ふたりがキスする前の前半はかなり、横移動ショットやパンショットによって表されるウェスアンダーソンの特有のテンポからだろうか、眠気をおぼえる。私的に見た目以上にはオモシロさを感じなかったグランド・ブダペスト・ホテルの方が、ひょっとして、オモシロかったのではと思えてきたりもした。しかし、テントがどけられ抱きしめあうふたりが表されるときから、オモシロさをおぼえてくる。下記のものはこれまでのウェスアンダーソンに対する考察であるが、今回のオトコノコの主人公は無意識にホームを希求する者であり、だから、アンダーソンのいつもの主人公像はオンナノコの主人公によって表されている、と言ってよい感じである。狡賢さと言ったら今作では適切でないと思うが、やはり思春期に在る生きる智慧に繋がるものは、彼女スージーにも、そしてまた、サムにも表される。スージーの双眼鏡に「見る」と「見られる」に跨る思春期の持つ自意識が表されている。ラストはスージーは気にとめるように少し立ち止まり、そしてそこから去り、それからティルト的な下への移動ショットによって出てくる絵には、ふたりの心象としての現実が顕される。


◆『ザ・ロイヤル・テネンバウムズ』(The Royal Tenenbaums:2001)
  『ファンタスティック Mr.FOX』と『天才マックスの世界』とこれを観て、ウェス・アンダーソンにおもったところ。
  主人公はずる賢くて、根拠もないのに自信家で、子供のように身勝手な我が儘でもってカッコつけたがりである。でも、カッコ良くていいじゃん、とウェス・アンダーソンは主張する。主人公、いや誰もかしこも、その本能には必ず慈愛が宿っている。そうしたものをセルフリスペクトするのである。現象はそこから生まれる。ウェス・アンダーソンには主人公の成長というより、主人公がその場所に影響を及ぼす現象が表される。慈愛はその現象にある。世界は愛に充ちているはずなのだから。
  ウェス・アンダーソンは気品があると同時に無謀さ、ワイルドさをもつことを讃えている。彼は集団劇を表しながら、一人ひとりの内にそれが在ることを、彼の様々に場所や形を変えるイストワール群にあらわしている。堕ちようがアホと思われようが、その尊厳は大事なものである。気品そなえたワイルドさは人々の間に慈愛を生み出すのであり、セルフリスペクトされるべきものである。愛は現象を必ず生む。

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