『5時から7時までのクレオ』
モードの街を闊歩するクレオを追いながらも、モーションにエモーションを浮かび上がらせる。フォトグラファーからキャリアを始めたヴァルダ、彼女自身が言うように制作において文学を意識していたとしても、やはり写し取り配置し換えるエクリチュールってる。彼女はシネマを完成させる。不安を育み、生を育む。
時間をそのままに切り取るではなく、5時から7時までの2時間を90分で表わすように、意識というものを時間に表わしている。艶やかにモードの街を生きるクレオは、死という不安に詩を咲かせる。ウィグを脱ぎ取り、彼女はやや病的な姿をさらけ出し、生のモードとは裏腹にして同じシスターなる死を歩んでゆく。彼女は曝け出し、ファッションで再び身をかくす。そうしながら彼女は、流行の服装も身体もその精神として変わらぬもの我らに悟らせ、己の道を歩む。ヌードモデルの彼女の友人と同じように、生を息衝かせながら、彼女は街を歩んでいく。アルジェリア戦争の時代に、モードの街は異邦の場所と同じように生を育む。不安が育まれるように、生/死は街に育まれるのである。ヴァルダは写し取り、クレオは解体され、彼女の謳う歌はその街に生まれいるのである。
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