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2026年05月10日09:20

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『ボーはおそれている』覚え書き


*『ボーはおそれている』(Beau Is Afraid 2023;アリ・アスター)を購入したので観賞する。おもしろかった。ホラー観れないのでミッドサマーはどうにか観たいがヘレディタリーは今世紀最恐のホラーとか言われるのでゼッタイに無理なので、本作品が初めてのアリ・アスターである。アリ・アスターが対談番組で言っていたけれど、ホアキン・フェニックスに主役をオファーしたらエージェントを通してではなくホアキンから直接電話があり「Why do you want me?」といきなり言われたとのことアリ・アスターは笑いながら話していた。ホアキン・フェニックス、アタマおかしいけれどカッコいい。『哀しいものたち』はエマ・ストーンが座長としてひっぱっていたけれど、本作品はホアキンが確実にひっぱっている。

*ホアキンが体現化するボーが様々な奇妙な出来事と出会うオデュッセイアが本作である。だからホアキンは出ずっぱり。彼が批評家から絶賛され様々な賞にノミネートされるのエマ・ストーンと同じように納得となる。もちろんただ出ずっぱりなのではなく、作品を引き締めそして動かしているのである。

*アリ・アスターは本作をコメディだと言っているが、後味が悪いコメディであるのはいいとしても、我々が普通に想像するコメディというものからはかけ離れている。不条理が描かれるトラジコメディであり、アングラ劇団ウースターグループが講じるようなアヴァンガルドである。前衛的だけれどオスカーではなくカンヌ向きだろうということではなくやはりアメリカ的、それもNYのオフ・ブロードウェイかのようなセンス、だけれどしっかりおカネはかかっている。これをA24的と言うのだろうか。

*或いは、ティックトックジェネじゃね。アメリカ的心理ドラマでも『カッコーの巣の上で』や『狼たちの午後』のように心理の裏側、というか底に在るものを感じさせるではなく、ランティモスもダニエルズもアスターもイメージそのものを見せていく。イニャリトゥのバードマンですら古い方に属する感覚である。こうしたものの発芽はやはりアルトマン(90年代からの彼のテクストなのではなくマッシュの頃から)や最初っからのスコセッシのように思える。イメージをダイレクトに視せ聴かせること。スコセッシらから影響を受けるPTAやリンクレイターらの心理ドラマがある一方で、描かれるのはファミリーやヒューマニズムと決まり切った同じものでも、ランティモスやダニエルズやアスターらが混在するのは、やはりアメリカ、広大である。

*ハナシ的にはジュ―イッシュマザーにペット化されている息子の心理不安タジー、もータジタジ。フェニックスが体現するオデュッセウスが愛する女性のもとに帰るまで様々な試練的な出来事と出会う。彼の愛は試されているのか、誤解されているのかexclamation & questionきっと溶解されるのだろう。爆発し溶け込んでしまう。あの妖怪たちがいる世界にひとつの妖怪として、知ってか知らずか、其処に在る。




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