*極めて「映画」というものを意識した作品である。
*絵画は記憶を紡ぐ。エスタブリッシュ・シークエンスで学生たちが見つけた海を背景にした絵画は明らかに、あの場所で描かれたものとは違う、マリアンヌが記憶をほどとき描いた絵画である。また、最終盤にエロイーズが28ページを知らせる絵画もまた、記憶を知らせる絵画である。
*記憶はあるがままを捉える。曇った眼差しではない、愛があるがままを捉えているのである。
*野生の眼であるカメラアイ:認識や先入観を排除し、カメラは被写体のあるがままを写し取る。
*所作を観察し互いが相手の癖を知る。→ 記憶
*不在の現前:映画で我々はスクリーン、像を視て聴く。その像は写し取られたものであり、じっさいはもはやそこにはないものである。→ 記憶
*記憶がこの作品の愛を、そのイストワールを生む。
*女性に選択権のない時代のイストワール。物語的には、抗いようがない現実における、女性たちによる自由意志が表される。
P。S。
ラストのシークエンスでは絵画では掴みきれない、映像による感情の表出を表したのだろうか。
マリアンヌが行かないでと言ってからのエロイーズの毅然な態度、そして口論は、心理的にはよく分からなかったけれど、たぶん、あそこでは当時における女性の現状に反映するものが表されていたのだろう。
「栞」を聴くと、口論のところは同じ感じなのかな、と思えてくる。私は真剣に愛していた(でも貴方、無頓着ね、できるのこのしきたりの社会で?)みたいな。
だから、子供だと思っていたエロイーズの方が大人だった。エロイーズは設定的に16,7,8だろう。演じたアデル・エネルは、ふてくされ観と素直さ、そして聡明さをうまく表現できたと思う
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