☆マトリックス・トリロジー III
マトリックス・トリロジーを観る。エーアイが人間のカラダを乗っ取り気付かせぬまま眠りにつかせて見せる仮想世界がシミュラークルでありハイパーリアルである、といったそんな感じ、だからハイパーリアルで言えばおおかた現代人の感覚そんなことと同じであろう。でも語られる内容世界はタラちゃんやリンチよりもシンプルで、クラシック・ハリウッドが描いてきたものとほとんど変わりない(註3)。3部作の最初ので描かれるのは、ハリウッド映画のルールにのっとった選ばれし者/救済者が表される。キリストとニアリーイコールなのである。メシアであるネオのビギンズが爽快に表される。選ばれし者/救済者のハナシだから『ベン・ハー』(Ben-Hur 1959)や『十戒』(The Ten Commandments 1956)といったチャールストン・ヘストン映画(註4)とほぼほぼ同じだと言える。キスによる再生など愛のチカラのミラクルとリスペクトがスペクタクルとともに崇高に表され、フィフティーズの史劇のようなのである。そして本作は言わば、チェスで人間がAIに勝つといった内容だと言えそこらへんはコンテンポラリーな人間の欲望まんま表している。着地して右手を斜めにあげるのってブラック・ウィドウよりも先にトリニティがやっていたのね。2作目のリローディッド、ファミリー向けに丁寧に制作した1作目が売れたんで、2作目では私たち少し好きにやらせてもらうわな感じでウォシャウスキス、背徳感も表す。ネオとトリニティのセックス、映画にしては激しすぎ、だし、いくらプログラムにキスとはいえ好きな人の目の前でモニカとのキス、背徳感がある。パワーもアップ。終盤にリアルワールドでも神力が出せること表される。ネオがスーパーなのは当然だが、モーフィアスもエージェント・スミスが100人かかってきても打ち負かしている(1作目ではひとりのエージェントにもやられていたのに。。。いつパワーアップしたんだ?)。本作、エロが表されパワーが表され、そしてフィロソフィが表される。夢を見るネオが冒頭に表され、地下に掘りこんでいくイカ・ロボットたちセンティネルが表される。人間の心理深層へと向かうかのようなテーマが本作を包む。ネオはリーズン/理由を探す。リンチはクーパー捜査官と同じように、ネオもメシアなのだ。アメリカ映画は選ばれし者にして救済者が好きである。でも、皆を救うでなくトリニティを救うを選ぶ。アラウンドゼロa.k.a.Y2Kらしくセカイ系である。あー、きみがいるからこそぼくがいる。なんかよく分からんけど、君を助けることが世界の救済に繋がる。でもこういう内容なら、デート映画にはいいのかも。
*註3 シミュラークルってなんなのかよく理解できなくても描かれている世界は古典的ハリウッドからずっと表される史劇的なものと同じだから多くのヒトにバカウケしたのではないかな
*註4 チャールトン・ヘストンはハリウッド黄金期のスペクタクル映画の多くに主演。『ベン・ハー』(Ben-Hur 1959)はアカデミー賞最多受賞作品である。時代の変化にも対応する形で(ハリウッド自体がそうした変革期にあったのであろう)史劇からディザスター映画―『エアポート’75』や『大地震』―やSF大作―『猿の惑星』や『地球最後の男オメガマン』―まであらゆるスペクタクル映画に欠かせない存在にして主演といった偉大な存在がヘストンなのである。 to be continued
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