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2025年05月26日11:31

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本格科学冒険映画 20世紀少年最終章 ぼくらの旗


本格科学冒険映画 20世紀少年最終章 ぼくらの旗、おもしろかった。初見。ともだちがマスクをはずしたがらないことなど、習慣になってしまっていてそっちの方が落ち着くのか、昨今の事情をよく捉えていたり、と、あと、ぜっこう(絶交)と言うともだちって、パウエルFRB議長は僕のことを嫌いなんだ、ってフツー言う?みたいなことを大人なのに言っちゃうトランプのガキっぽさを上手くリプレゼントしているな、ふむふむ、風刺が効いている、となるも、これってずいぶん前の作品でしょ?本作品自体がまさに予言の書である。もうほとんど20世紀少年を観た理由から離れていってるけれど、クドカンとヤマノブにちょいと関心あるからなんとなく観たのである。とは言うものの、このトリロジーや、それに、鬼滅の刃もだけれど、けっこう台詞とかが物語や状況を分からせる説明調で観ていてシンドイのはある。情緒も行間読みの愉しさもなにもないし、あれってなんだったんだろうと一瞬思わせるシンコペーションもないし、見せないことで見せるは、たぶん上映時間が長くなるという理由でカットされたところぐらいで原作を知っている者たちのみが描かれていないと怒り心頭になってしまう、そんな感じのみなのでああろうぞ。福田和也は幼稚化する日本を指摘するが、もうアラウンド座ワールドあちこちキンダーガーデンまくりなのであろう。70年の大阪万博以降のポストモダン批判が20世紀少年なのだろうか。89年を待たずとももう物語りは小さくなっていて、そんなタイニーストーリーから二次創作してキャラを内面化・憑依化そして幼稚化するジャポン・ネチズンにおいて本作、わいやわてやおいやぜっとやあるふぁではなく、それより前の理想を見失い仮構生活に準じてしまっているX層以上への批判が表されているのかな。されど永遠にジャンプ少年、ファイト―イッパツオロナミンCーしていかなくてはならない。生活に疲れど、そこにはロマンがある。時代を生きていくこと、それは闘いなのである。それ故に老練ばかりが本3作目で活躍するのだろうし、自身の時代に物申し、そしてそれだけではなく昭和の残滓をドライに無意識しているタイパの現代に届けようとしているのかもしれない。それにしてもともだち、行政の中枢なのに、壁に貼りまくり決起集会としてるのだから、いくら太陽の塔があろうとも、情報は得ているはずだからさ、何故にそこに毒を撒かないのかと不思議なるけれど、それ以上に思うのは、コンサートに集まってくる人々の行列がアレフのようでみんな!来てくれたかっ!のような感動ではなく逆に異様に感じられ、広い台地でのライヴもなにか新興宗教の集まりかのようで、それに、唐沢のバイクに乗ってのクールな登場、そしてステージに上がる姿も結局のところ、ポストモダンらしく引用パスティーシュにパッチしまくり批判される後期キャピタリズムが夢見る未来と同じように愛と平和も絵空事なのだな、この本格科学冒険映画は最初から最後まで総てが絵空事なのだな、となるも、エンドクレディットは、それまでの説明調に進むハナシから一転し、歌で締めくくるのは粋だな、となる。ディランやビートルズもソングいずラヴあんどピースなのである。説明過多になるのではなくメロディを心に届ける、終わり方はよいなとなる。も、まだ後日談があるのか、と観てくと、あれするからその後に起こる出来事が変わる、よくなる、ということではないのだろうけれど、我々オーディエンスがいるシアター空間で共有できる反省は生まれえる。謝るのもヒューマン、謝られるのもヒューマン、われわれ同士なのである。コンサートに集まってくる大量の行列がアレフのようだったと前述したが、たぶんそれは正しいであろう。アレフになったヒトもアレフになっていないヒトもまだ救済を知らない。希望を託す。絵空事だけれど、本作は本格科学冒険映画なのである、だからこそそれらしく、フィフティーズのエスエフが行ったと同じように、ポジティヴを心の中に予言させるのである。絆を、正義を、正しい未来を。旗が意味するものは希望というそのことなのだろう。




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