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2025年05月19日07:12

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【特別編】前田日明のYouTubeにおける問題提起について(36)

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03年12月31日さいたまスーパーアリーナで開催された「PRIDE男祭り2003」は39,716人超満員札止め発表の観客を集めました。

メインイベント第10試合は桜庭和志(高田道場)とアントニオ・ホジェリオ・ノゲイラの一戦(1ラウンド10分、2、3ラウンド各10分3ラウンド)。

ゴングと同時にホジェリオが飛びヒザ蹴りで突進。さらに首相撲からヒザ蹴りを叩き込むこんでいきましたが、桜庭はうまくスイープして外しスタンドの攻防へ。リーチで優るホジェリオのパンチがノーガードの桜庭を次第に捉え初め、桜庭も足を止めての打ち合いで応戦。

右フックで反撃するとホジェリオは右面上をカットし出血、ドクターチェックが入りますが続行。再開後もスタンドの展開が続くが、リーチの長いホジェリオが優勢で1ラウンドが終了。
 
第2ラウンドもスタンドでの打撃戦からスタート、ガードしない桜庭は再三ホジェリオのパンチを喰らう。グラウンドに引き込むチャンスを狙っているのか?

しかし「グレイシーハンター」の異名を持つ桜庭も01年3月25日さいたまスーパーアリーナでヴァンダレイ・シウバに敗れてからは打撃対策が甘くなり衰えが見え始めていました。総合格闘技はグラップリングからストライカー主流になり桜庭も厳しい闘いが続きます。

桜庭は片足タックルでテイクダウンを奪いましたが、パスガードは成功せず、攻め手に欠けます終盤でホジェリオの下からの三角絞めが決まりましたが桜庭は上手く回りこんで何とか脱出したもののペースを掴むところまではいかず2ラウンド終了。
 
最終3ラウンド、タックルを仕掛ける桜庭、ホジェリオは立ってスタンドでの打撃勝負を挑む。ホジェリオはジャブ、左右フックと激しいパンチ、1ラウンドから打たれ続けた桜庭の顔面が腫れ上がりました。

桜庭は打たれながらもパンチを返し、アッパーからのコンビネーションでホジェリオをぐらつかせるも、踏み込みが甘く決定打にはならない。誤ってスリップダウンしカメになった桜庭にホジェリオがサッカーボールキックを連発したところで試合終了のゴング。3−0の判定勝ちで終始圧倒したホジェリオに軍配が上がりました。

セミファイナル第9試合は田村潔司(U−FILE−CAMP)とK−1戦士レイ・セフォーの実弟ロニー・セフォーが対戦。ロニーはMMA初挑戦だが、兄のレイは親友の曙のセコンドに付くためナゴヤドームへ。煽りVでは兄弟で食事をしている場面が流れ、レイが「大人にはいろいろあるんだ。しがらみとかな」とブラックジョークを発し観客席からは笑い声が起きました。

試合は難無くテイクダウンに成功した田村が、すぐにマウントを取り、しがみつくロニーを一気に腕ひしぎ十字固め、1ラウンド2分20秒、あっさり一本勝ちを奪いました。

結局、民放3局を巻き込んだ興行戦争はPRIDEvsINOKI BOM-BA-YEの泥沼を良いことに着実の準備を進め、ボブ・サップvs曙という一般受けするカードを用意したK−1、TBSが平均視聴率19.5%を獲得、メインのサップvs曙戦は瞬間視聴率43.4%をあげて一部ではありますが「紅白歌合戦超え」を果たしたことで大勝利を収め、

PRIDE、フジテレビは猪木、曙という地上波向けの大物はいなかったものの12.2%と大健闘。INOKI −BOM-BA-YEの日本テレビは5.1%と一人負け。

当初は放映権料も8億円を受け取るはずだったケイ・コンフィデンス川又誠矢代表も、大惨敗を受けて3年契約が破棄されるだけでなく、放映権料も6億円に減額され大損害を被りました。そして、川又は選手へのファイトマネーやイベント運営の下請け会社などに費用を支払わないままミルコ・クロコップの側近だったヒロ・ミヤトビッチと一緒に海外へ逃亡、日本テレビも格闘技中継から撤退する。

K−1が川又一派と和解したのは「INOKI BOM-BA-YE2003」が惨敗すると、同じ日本テレビ系列で放送していた「K−1JAPAN」にも大きく影響が出るという懸念もあったからだったが、不安は的中してしまい、日本テレビはK−1中継からも手を引いてしまいました。過去の日本プロレス、全日本プロレスの例をみても日本テレビのリスク管理は徹底していました。

「INOKI BOM-BA-YE2003」は番組中に猪木と藤波辰爾のスパーリング、猪木が最も毛嫌いしていると言われている大仁田厚も来場して、猪木も闘魂ビンタを浴びせるなど、プロレスファン受けしそうなネタを盛り込んでいきましたが、猪木自身も「INOKI BOM-BA-YE2003」を盛り上げるためとはいえ、大仁田と会うこと自体大きな譲歩を見せたと思います。

また年越しイベントでも、猪木の「108つビンタ」際に大勢の観客がリングに殺到する騒ぎになり、猪木は怒り心頭、「ルールを守れっ!殺すぞこの野郎っ!」と罵声を浴びせ、危険を感じた猪木が観客に蹴りと張り手をかますなど、最後までドタバタが続きました。

猪木は「INOKI BOM-BA-YE2003」の大惨敗で格闘技界での地位も一気に失墜させ、格闘技界から撤退を余儀なくされてしまうだけでなく、猪木だけでなく藤田和之のギャラまでも未払いとなったことで猪木事務所も大損害をこうむる。新日本プロレスから出場した永田裕志も未払いを受けた1人ででしたが、ユークス体制に変わってから契約更改の際に「INOKI BOM-BA-YE」のギャラの精算を求め、猪木さえもギャラを受け取っていないことで新日本プロレス側は永田の要求を渋るも、当時新日本プロレス取締役だった菅林直樹(現取締役会長)だけが話に応じ新日本プロレスは川又に対して訴訟を起こし、川又は裁判に出頭しなかったため、新日本プロレスが勝訴、分割ながらもギャラは支払われ未払いは辛うじて免れました。

猪木は格闘技界を追われたことで、翌04年から新日本プロレスへの介入を強めていくことになります。
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