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2025年01月26日08:55

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週プロ流智美あの日あの時予想2024年総括(20)

第341戦、5月22日発売号●【予想】「鉄の爪兄弟」が日本で初の栄冠!アジア・タッグ選手権試合、グレート小鹿&大熊元司組vsケビン・フォン・エリック&デビッド・フォン・エリック組(81年5月23日全日本プロレス後楽園ホール)【正解】馬場とのエース争いに影響した超大物外国人への完勝、第12回ワールド・リーグ戦公式戦猪木vsドン・レオ・ジョナサン(70年日本プロレス松本市県営体育館)

※参考 2019年5月22日発売号は【予想】藤波、ジュニア時代最後の猪木戦、第4回MSGシリーズ公式戦、猪木vs藤波辰巳(81年新日本プロレス福岡スポーツセンター)【正解】新日本とニューヨークの提携、交流がもっとも深かった時代、ストロング小林vsSDジョーンズ(81年ニューヨークMSG)この時点での対戦成績は86戦17勝69敗、勝率198。2013年5月22日発売号は「さよなら田コロ」第1弾、寒波に泣いた鶴田痛恨の一夜、NWA世界ヘビー級選手権試合、ケリー・フォン・エリックvs鶴田(84年全日本プロレス田園コロシアム)

【予想解説】2024年4月5日に公開された映画「アイアンクロー」。流さんも本コラムで「アイアンクロー」に関することを書いていましたが、予想ではケビン&デビッドのエリック兄弟が日本で初の栄冠に輝いた小鹿&大熊組を破ってアジア・タッグ王座を獲得した試合を採り上げました。

エリック兄弟は79年5月「スーパー・パワー・シリーズ」に初来日、6月5日旭川市体育館(総合体育館常盤分館)で小鹿&大熊組のアジア・タッグ王座に初挑戦。

1本目は15分45秒、大熊がデビッドをエアプレーンスピンからロープに飛んでのジャンピング・ヘッドバットから片エビ固め、2本目は5分7秒、エリック兄弟のダブル・ドロップキックから大熊をロープに振ってダブル・ドロップキック。倒れたところへロープの反動をつけて走ってきたケビンをデビッドが跳ね上げて落としケビンが大熊を体固め。

決勝の3本目はエリック兄弟が2本目と同じフィニッシュを小鹿相手に狙いました。デビッドが小鹿をボディスラムで投げ、ケビンをロープに振って返ってきたところを跳ね上げてのボディプレスにいきましたが、これを読んでいた小鹿はかわしてケビンは自爆。すかさず押さえ込み3分28秒、小鹿がケビンにフォール勝ち。

2−1で小鹿&大熊組がタイトル初防衛に成功しています。エリック兄弟はキャリア不足を露呈し敗れました。

帰国後、兄のケビンは中西部のセントラル・ステーツ地区に修行に出て79年11月23日ディック・マードックを破りNWA世界ヘビー級王座への登竜門であるミズーリ州ヘビー級王座を獲得、翌80年4月25日にケン・パテラに敗れるまで保持しました。

また、地元ダラスに戻った後はデビッド、三男(戸籍上は四男)のケリーとの兄弟チームでテリー・ゴディ&マイケル・ヘイズ&バディ・ロバーツ(プレーイングマネージャー)組のザ・ファビュラス・フリーバーズ、ジノ・ヘルナンデス&クリス・アダムス組のダイナミック・デュオと抗争を展開、初来日から2年後の81年5月全日本プロレスの「スーパー・パワー・シリーズ」に再来日。

第2戦の5月23日後楽園ホールでは2年ぶりに小鹿&大熊組の挑戦したアジア・タッグ王座に挑戦しています。

地元テキサス州ダラスではトップにいたエリック兄弟でしたが、馬場は日本ではインターナショナル・タッグ王座への挑戦の機会は与えず、2年前と同様にアジア・タッグ要員のポジションでした。

1本目は16分21秒、ケビンが小鹿をデビッドとのダブル・ドロップキックから片エビ固め、2本目は3分23秒、大熊がケビンをジャンピング・ヘッドバットから片エビ固め。

3本目は2分22秒にケビンが大熊をデビッドとの連係によるダイビング・ボディプレスから片エビ固めに決め、2−1でエリック兄弟が新王者チームとなりました。

外国人選手での同王者チームは76年10月のジェリーとテッドのオーツ兄弟以来です。

新王者チームのエリック兄弟はシリーズ最終戦の6月11日後楽園ホールで石川隆士&佐藤昭夫組の挑戦を受けています。

1本目は8分2秒、ロープの反動で飛んできたケビンをデビッドがキャッチしてリフトアップ、ダウンしたままの石川に落下させてケビンが石川を片エビ固め、2本目は3分36秒、デビッドがロープ越しにブレーンバスター、これを石川が押し潰してデビットを体固め。

決勝の3本目は4分6秒、佐藤がケビンをバックドロップからの体固めで破り、2−1で石川&佐藤組がタイトル獲得しています。元王者チームとなったグレート小鹿&大熊元司組の極道コンビは小鹿が1942年4月28日生まれ、大熊が1941年12月18日生まれ。

石川と佐藤は共に1953年生まれ、石川が2月5日、佐藤が2月13日が誕生日で一回り若返り、アジア・タッグ王座は世代交代しました。

【正解解説】日本プロレス黄金期である70年の日本プロレス、第12回ワールド・リーグ戦はドン・レオ・ジョナサン、前年度準優勝のクリス・マルコフ、ターザン・タイラー、ダッチ・サベージ、ザ・コンビクト(スタン・フレイザー)、ネルソン・ロイヤル、ポール・ジョーンズ、パンピロ・フィルポの外国人勢が参加。

日本側は前年度優勝者である猪木、馬場、坂口、吉村道明、ミツ・ヒライ、山本小鉄、大熊元司、高千穂明久が出場。キム・イルこと大木金太郎はアメリカ遠征中であり、不参加。 

この年の開幕戦となる4月4日、台東体育館での入場セレモニーでは前年度優勝者である猪木が最後に入場をしています。日本プロレスのワールド・リーグ戦は日本側vs外国人側が総当たりリーグ戦を行い、両陣営の1位同士が優勝決定戦を行います。

○あらゆる勝ち1点、△時間切れ、両者リングアウトは0.5点、●あらゆる負けは0点。

開幕戦では「囚人男」214cm、180Kgの怪物コンビクトが大熊を1分8秒で降しました。 

本稿の題材となった猪木vsジョナサンの公式戦は5月22日松本市県営体育館で行われ、17分38秒、ブレーンバスターからの体固めで猪木がジョナサンから会心のピンフォール勝ち。
  
猪木はジョナサンに勝ったものの、マルコフに反則負け、サベージと両者リングアウトとなり6.5点。

しかし馬場はジョナサンと時間切れ引き分けとなり、マルコフに両者リングアウト、5月24日長野市民体育館でロイヤルに勝ったことで負けなしの7点で1位。

坂口はジョナサンに負け、サベージに反則負け、マルコフと両者リングアウトで5.5点に終わりました。

なお、吉村は5月6日の鹿児島県立体育館でタイラーを回転エビ固めで降しましたが脇腹を痛め以後欠場となりましたが、不戦敗扱いとはならず。

外国人勢はジョナサンが猪木に負け、馬場と時間切れ引き分けの5.5点で1位。マルコフは猪木から反則勝ちを奪い、馬場、坂口とは両者リングアウトでしたが高千穂に反則負けで取りこぼして5点。 

実力者サベージも坂口から反則勝ちを拾いましたが馬場に負け、猪木、大熊と両者リングアウトとなり5点に終わりました。

怪物コンビクトはヒライ、小鉄、大熊、高千穂ら下位陣には勝ちましたが馬場、猪木、坂口には通用せず4点となりました。

2020年1月9日89歳で天寿全うした野獣フィルポは高千穂から1勝あげたのみの1点止まり。身体が小さかったのでこのメンバーではしんどかったかと思います。このシリーズ参加のジョナサン、ザ・デストロイヤー、ルー・テーズ、フレッド・ブラッシーもそうですが、薬物とは無縁な昔のレスラーは長生きしました。

馬場とジョナサンによる優勝決定戦は5月29日、日大講堂で60分3本勝負で行われました。1本目は25分41秒にジョナサンがドロップキックの連発から体固め。2本目は4分18秒に馬場がランニング・ネックブリーカードロップから体固め。決勝の3本目は3分26秒、馬場がジョナサンのドロップキックを自爆させて32文ロケット砲を決めて体固め。2ー1で馬場が勝ち覇権奪回、2年ぶり4度目の優勝を果たし、猪木は悔し涙を流しました。

※対戦成績は341戦56勝285敗、勝率164。
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