84年新日本プロレス「84IWGP」5月29日の千葉公園体育館から6月1日の高松市民文化センターまで坂口征二副社長がビンス・マクマホン・シニアの葬儀に出席する為渡米し欠場。
ビンス・シニアの死去によりWWFとの提携も微妙なものになるのでは?とのマスコミの質問には「これまで通り、関係が変わることはない」とコメントしています。
6月1日高松市民文化センターのテレビ生中継ではメインイベントで猪木がアドリアン・アドニスと公式戦で対戦(懸賞金100万円争奪)。アドニスは猪木のウィークポイントである左膝に狙いを絞って集中攻撃、劣勢が続いた猪木でしたが延髄斬りからの体固めで逆転勝ち。
セミファイナルは長州力とアンドレ・ザ・ジャイアントの公式戦。長州がアンドレの巨体をボディスラムで投げるという快挙をやってのけましたがアンドレのカウンターの18文キックからのヒッププレスの前に体固めでフォール負け。アンドレば29点で猪木とアンドレが3位以下のグループを引き離しました。
アンドレをボディスラムで投げたのはブッチャー・バション、ハーリー・レイス、ブルーザー・ブロディ、ローラン・ボック、猪木、スタン・ハンセン、ハルク・ホーガン、カネック、ブラックジャック・マリガンの名前があげられていますが、中には伝聞と思われるのもあります。
ストロング小林もアンドレがモンスター・ロシモフ時代にボディスラムで投げていることも特筆すべきでしょう。実況の古舘伊知郎アナウンサーは「世界で9人目っ!」とエキサイトして長州の快挙を称えました。
しかしいずれもアンドレが相手に「協力」しなければ成立しない話ですが、実際のところは「溜め」が全くなく、アンドレが自分で自転していて長州がアンドレを投げるのはいささか無理があったように思います。
これを考えると全日本プロレスの渕正信が馬場の教えをきちんと守ってボディスラムの時に「溜め」を作ってから投げているのは大事なことかと考えます。
6月6日横浜文化体育館ではマサ齋藤とケン・パテラのある意味この後に遺恨試合の様相を呈す公式戦が実現。この2か月前にアメリカでパテラが警察官とトラブルとなり、一緒にいたM齋藤が警察官に手を出して、1年後にM齋藤は実刑判決を受けて刑務所に収監されました。試合はM齋藤が体固めでフォール勝ち。
6月7日仙台・宮城県スポーツセンター、メインイベントは猪木と藤波辰巳の2年ぶりの公式戦での師弟対決(懸賞金100万円争奪)。
前年83年の第1回は藤波はエントリーされておらず、82年3月19日鹿児島県立体育館での第5回MSGシリーズ公式戦以来の対戦、この時はリングに上がって来る藤波に猪木がリング内から延髄斬りを見舞い猪木がエプロンカウントアウト勝ちをしています。
試合は藤波が先に猪木の得意技である弓矢固めを仕掛けるなど序盤は快調ぬ攻めましたが、藤波は試合中に腰を痛めて途中から動きに精彩を欠いてしまいました。
猪木に痛めている腰を狙われ8分58秒、場外でうずくまってリングに戻れず猪木のリングアウト勝ちとなりました。猪木はこの試合で初めて失点1となり44点。
第26戦は6月8日青森県営体育館のテレビ生中継。メインイベントではアメリカでのスケジュールをこなしてきたハルク・ホーガンがこの日からUターン参戦、メインイベントでディック・マードックと組んで猪木、藤波組と対戦し両チームリングアウトとなりました。
公式戦はアンドレがアドニスをヒッププッシュで押し潰して44点で猪木と同じ失点1で並びました
これで6月11日愛知県体育館での猪木とアンドレの直接対決で決勝進出者が決まることが決定的となりました。
それ以降の公式戦はアンドレはマードック、猪木はワンツを残していましたが両者のコンディションから取りこぼしは考えにくく、名古屋決戦の勝者がホーガンと優勝決定戦で対戦することはこの時点でほぼ確定しています。
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