全日本プロレスとの興行戦争ですが、全日本プロレスは新日本プロレスの「闘魂シリーズ」より1週間早い10月2日、後楽園ホールから「創立10周年記念ジャイアント・シリーズ」を開幕させています。
参加外国人レスラーはNWA世界ヘビー級王者リック・フレアー(10月6日〜9日)、インターナショナル・ヘビー級王者ドリー・ファンク・ジュニア(10月11日〜13日は不参加、NWA総会出席の為)、テリー・ファンク(10月11日〜13日は不参加、NWA総会出席の為)、ハーリー・レイス(10月7日〜17日特別参加)ブルーザー・ブロディ、ブルーノ・サンマルチノ(10月7日〜9日特別参加)、タイガー・ジェット・シン(10月9日〜最終戦まで参加)、ミル・マスカラス(10月9日〜15日特別参加)、ジミー・スヌーカ、アレックス・スミルノフ、ザ・デストロイヤー、ドン・デヌーチ(10月7〜9日特別参加)バック・ロブレイ、マスクドX(10月7日〜最終戦まで参加)。
他に外国人ヒールサイドとして上田馬之助がシリーズ全戦参加。日本側は大木金太郎が参戦。また、元国際プロレスの阿修羅・原、マイティ井上、菅原伸義、冬木弘道がフリーとして参戦(シリーズ開幕後に所属選手として発表される)、プリンス・トンガがニュージーランド遠征から帰国し参戦。
興行人気面で新日本プロレスに大きく水を上げられていた全日本プロレスが反撃の狼煙を上げました。
開幕戦の10月2日、後楽園ホール(テレビ収録、観衆2,600人満員発表)大会。メインイベントは10月6日、仙台・宮城県スポーツセンターで行われるインターナショナル・タッグ選手権試合の前哨戦、馬場&鶴田組とブロディ&スヌーカ組が60分1本勝負で対戦。ブロディのキングコング・ニードロップに馬場が体固めでフォール負けを喫しました。
9月7日に新宿・京王プラザホテルで行われた新日本プロレスと国際プロレスの全面対決(10月8日蔵前国技館)の記者会見に出席、藤波辰巳との対戦が発表されたものの、その後は、故郷の長崎に帰り、「東京スポーツ」の取材に応え、「ヘビー級の俺が今更何でジュニアの藤波とやらなくてはいけないんだ」と藤波戦を拒否した原は、「フリーで海外でやりたい。その為には全日本プロレスのルートを使わせてもらうことも考えている」と言いながらも、
「俺と大してキャリアの変わらない天龍が全日本所属というだけでフレアーのNWA世界王座に挑戦出来るのはおかしい。天龍は俺とやって勝ってから挑戦しろ!」と突如矛先を天龍に向けて来ました。
これに馬場が反応「天龍と勝負したいとはなかなかいい度胸だ。原が本当に死ぬ気で頑張っているならチャンスを与えてやってもいい。」と応諾し開幕戦のセミファイナルで天龍と原のシングルマッチ60分1本勝負が実現しました。
両者真っ向勝負で、天龍が原をブレーンバスターに担ぎ上げてバランスを崩して両者場外転落、イスを使った乱打戦となり両者リングアウトの引き分けとなりました。
全日本プロレスのリングには8年ぶりに参戦することになった上田は国際プロレス崩壊から全日本プロレスに日本での闘いの場を求めて来たスミルノフとタッグを組んで井上&トンガ組と対戦。
スキンヘッドだったスミルノフは髪の毛を伸ばしてイメチェン、場外で上田は井上を鉄柱に打ち付けて流血させ、止めに入ったレフェリーの和田京平をスミルノフが殴って井上&トンガ組の反則勝ちに終わりました。
第2戦の10月3日富山市体育館(観衆5,200人満員発表)ではブロディが馬場のPWFヘビー級王座に挑戦。1本目はブロディがアトミック・ドロップから体固め、2本目は馬場がコーナーポスト最上段からのアトミック・ボムズアウェーから体固め、決勝の3本目は両者リングアウトとなり、1−1の引き分けで馬場が9度目の防衛に成功しました。
第4戦は10月6日仙台・宮城県スポーツセンター(テレビ収録、観衆3,800人発表)大会はダブル・メインイベント。ダブルメイン第2試合は馬場&鶴田組のインターナショナル・タッグ王座にブロディ&スヌーカ組が挑戦。
1本目はスヌーカが鶴田をスーパーフライ(ダイビング・ボディプロレス)から片エビ固め、2本目は鶴田がスヌーカにコーナーポスト最上段からのミサイルキックを決めて体固め、決勝の3本目はブロディのアトミック・ドロップで馬場が場外に転落、これを機に4者が場外に降りての乱闘となり、両チームリングアウトで1−1の引き分けで馬場&鶴田組が10度目のタイトル防衛を果たしています。
ダブルメイン第1試合はこの日より参戦のフレアーに天龍が挑戦したNWA世界ヘビー級選手権試合。1本目はフレアーがブレーンバスターからエルボードロップを落としての片エビ固め、2本目はフレアーが仕掛けて来たブレーンバスターを天龍が逆にブレーンバスターで投げ返して片エビ固め、決勝の3本目はフレアーの足4の字固めに天龍が無念のギブアップ。2−1でフレアーが王座防衛。
セミ前のドリー&テリーのザ・ファンクスと上田&ロブレイ組のタッグマッチ45分1本勝負はドリーがロブレイを後方回転エビ固めで破りましたが、試合後、3日後の10月9日蔵前国技館でドリーのインターナショナル・ヘビー級王座に挑戦するブロディが乱入しドリーを急襲。
そこへ一緒に日本に来ていたドリーの長男ディンク君(当時16歳)が父親のピンチにリングに上がってきました。しかし、ブロディに蹴り倒され、ダウンしたところにキングコング・ニードロップを浴びてしまい「血ヘドを吐いて」失神。この惨事に冷静なドリーが半狂乱となり「奴を殺す、息子の仇を打つ」と復讐を誓いました。
第5戦、10月7日横浜文化体育館(観衆5,500人満員発表)ではテリーがフレアーのNWA世界ヘビー級王座に挑戦。1本目はフレアーがブレーンバスターから足4の字固め、2本目はテリーがジャブの連打でフレアーをダウンさせてスピニング・トーホールド。
決勝の3本目、フレアーのダブルアーム・スープレックスをテリーがリバース・スープレックスで切り返して上になり、フレアーの両肩がマットに着き、カウント3が入ったかと思いきや、フレアーの足はロープに。
手を上げて「俺の勝ちだ」とアピールするテリーの背後からフレアーがタックル、両者場外に転落して両者リングアウト。1−1でフレアーの引き分け防衛。
レイスがこの日より参戦、セミファイナルでスヌーカと組んでドリー&鶴田組とタッグマッチ45分1本勝負で対戦、レイス&スヌーカ組は82年「世界最強タッグ決定リーグ戦」幻の参加チームですがこの時が初タッグ。
レイスとスヌーカは2人がかりで鶴田に集中攻撃しレフェリーの静止を無視して攻撃を続けた為、反則負けを取られました。
「人間発電所」サンマルチノがこの日より参戦。サンマルチノは来日直前の10月4日(現地時間)、ニュージャージー州イースト・ルーサーフォード・メドーランズ地区ブレンダン・バーン・アリーナのWWFの興行でジョージ・スチールと引退試合を行い6分45秒、体固めでフォール勝ち。
今回の日本遠征は親友である馬場の全日本プロレスの10周年を祝しての日本での引退ツアーでした。
来日初戦の相手は76年9〜10月にニューヨークMSGでWWWFヘビー級王座を賭けて対戦した因縁のブロディとのシングルマッチ45分1本勝負。
試合開始早々にチェーンを持ち出したブロディはチェーンでサンマルチノに殴りかかりましたがサンマルチノもブロディのチェーンを奪って反撃、そのまま場外戦となり僅か2分43秒、両者リングアウトの引き分けとなりました。
なお、この日の試合前に原、井上、菅原、冬木の4選手の全日本プロレスへの正式入団が発表されています。(この項続く)
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