『冬時間のパリ』
ジェネレーションZよりも大人たち、それゆえ遅れている。E−ブックに戸惑う編集者や知識人たち大人たち。アサイヤス、以前よりもより自然体に自然になっている。でも、意表をつく意外性は相変わらず。そこから後は、ジェネレーションZよりも大人ゆえ、二次元で表されるより奇異な、でも人間的なコミュニケーションが描かれる。フィクションとノンフィクションの交じり合うような、ややメタフィクションはフレンチのひとつの伝統だけれど、デプレシャンから形式主義を抜き取ったような、自然体が気持ちよかった。アサイヤス自身も以前の形式主義めいたものから抜け出てるように思える。いい感じの映画である。
P.S.
『冬時間のパリ』はデジタルが大人たちをとりまいて変化しているハビトゥス的なものを言及するのかな、と思っていたら、そこまで複雑にせずにいたけど、ロゴス、パロール、社会環境エトセトラを私的には志向させてくれるものがあった。
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