ワンダフルライフもおもしろいっすよ、と言われ、前にちょっと出だし観たけどそのときはよしたけど、今回トライ。そのときは暗そうだったし、たぶん体調良くなかった。と記憶する。暗いような記憶だったけれど、暖かな作品であった。アクター同士の掛け合いは、それが即興であったとしても、間合いが彼ら同士的な、ある種、形式的な感じだけど、井浦新や寺島進が今度は素人さんに尋ねるときの間合いは、呼吸が微妙にズレる感じであったり、俳優フォルムの声の出し方したら相手が答えられなくなるからか普通の声の出し方で、そこらへんの作品内に生まれるズレがおもしろかった。松本俊夫が言うところと違うが、ドキュメンタリーとフィクションの融合性、そこにはやはり通底するとこあるのではないか、となる。映画づくりの言及が成されるがなにか、幻の光に挑んでいたときの姿勢に対する死の捉え方、考え、その反省が作品には表されているような感覚をもつ。空気人形は造られ観が満載に思えたけど、赤い靴の女の子の演出シーンでのおばあちゃんの直向きさ、そしてその空間に、想いというものが宿っているんだ、通じんるんだな、となる。劇映画の形態から幾分か離れているからなのかな(ブレヒト異化作用とは違うし現実を顧みさせることなく作品に没入させるけど、感情を顧みさせる作用は機能している)、或いはラストの方、小田エリカを追っていたから感じたからか、ひたむきに皆が人のためにやる作業、時空間を超えたものを視て聴き感じ、想いというものがとても表されているの伝わり、それが是枝テクストの根源を成すものなのか、となる。
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