米津玄師のdioramaとBremen、セカオワのEyeとLipをレンタル。デビューの時期自体そんなには離れていないんだな。歌詞も入っている。世界観を分析しよう。メガネのフレーム横側に髪の毛を入れ込む若人の気持ちが理解できるかもしれない(註1)。
CeroのObscure Rideもレンタル。
diorama、けっこうおもしろかった。聴き始めの時はこのヒト、童謡とかそういったものからの影響あるのかと感じてきたけど、様々にトリップしていて総体的におもしろかった。初音ミク系はぼやっとしたものしか分からないけれど、これ聴けば、日本的なものあるなと感じた。
EARTH、おもしろかった。この時は、バンド名は世界の終わりらしいけれど、ジャケ表にはおもいっきりSEKAI NO OWARIと書いてある。聴き始めはアニソン ミーツ プロテストソングな感じだけれど、時間が経過すると、厭世観をこれだけポップにやると逆に、ダークな歌詞がドッパーンとドパーミンに鳴り響くんだと、面白いなとなる。
セカオワのEYE、小池徹平のような歌声ではなくともトム・ウェイツのような歌声ものせられる曲が前半続くなか、君と出逢えたから自分の弱さを知ることができた、というような、音楽が誕生してから生まれた数多ある曲のなかでも数多すぎて歌詞が心に入ってこない甘い歌詞が歌われる、タイトルもベタな「夜桜」もある。「SOS」はいかにもなセカオワだけれど、途中切れるところは、ハッとなる。「エデン」は歌詞が好き。「すべてが壊れた夜に」、タイトルからして厭世観あるけど相変わらずポップに歌っている。エコロジカルな内容、彼らはこういったの好きなんだな。
饒舌なリップサービスに満ちているなセカオワ、Lipは聴きやすい。ポップと思っていたけれどEye、実はLipに比して、マニアックなものが集められたのか。1曲目と2曲目、ユーミンの歌のように情景が浮かんでくる曲と歌詞。「千一夜物語」、スナックで歌えそう、「Hey Ho」、砂場でお城をつくりながら歌えそう、「ラフレシア」、スナフキンと踊りながらスウィングして歌えそう。「Goodbye」、3月9日や旅立ちの日にと同じように、おいらの曲も卒業式で歌いなよ的なムード、ポルノグラフィ的なムードの「Missing」や達郎が始まったのかと「蜜の月」は思わせても、やはりセカオワな世界観で終始する。
Bremen、よかった。命に関わるすべての想像力は尊厳をもって触れるものという感覚のSEKAI NO OWARIとはまた違った行進が奏でられる。ありのままの変わらない日常、闇のように見えない日常に明かりを灯す、そう言った希望を気付かせる。
註1
10年ぐらい前から髪の毛を入れるのをみてきて、なんなんだこれは?そのうち聴いてみようと思いながらずっと聴いてこなかった。今さら聴くのが恥ずかしい、というわけでもなく、見たら関心持つけどすぐに忘れる、ってことで、実はさほど関心を持っていないのかもしれない。たぶん尋ねても、みんながしているから、と答えが返ってくるようにも思ってしまう。
P.S.
世界の終わりと米津、ポップで終わらせるでなく聴き込むと結構いいよね。立ち読みで、1990年代論があったけれど、郊外サヴァーブ、エヴァ、ディストピア、終わりなき日常、と相変わらずの言葉だし、先輩何人からはなぜ過去を言うのだ、現在を見ろ、と言われるけれど、ちょっと気になり購入。そもそも、今の20代って前述したキーワード、全くわかってないし、彼らが好きなセカオワや米津にもその匂いはないけれど、ロストジェネレーションを通過した何かはある。エイベックスは現実を見ない破天荒があり、あゆはあまりにも暗かったけれど、セカオワや米津は重いけれど、ヒカリも見出せるとこ、なんか救いがある。逆に言えば、ヒカリあるけど、オモい世界は続いているところに何かリアリティがある。1990年代論は起点を感じられる。
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