ソダーバーグの新作、気になる。ところでダンケルク、まさに007を創ったのはチャーチルだと言わんばかりに、イギリスを拝んでいた。ノーランは007が好きらしいから、サムメンデスにもっていかれて怒ってるやもしれぬけれど、ノーランがボンドを描いたらきっと時空間を彷徨うボンドになってしまうはずである。でもよくよく考えれば、ダニエルクレイグがやってるボンド全て、彷徨えるボンドばかりである。
キャピタリズムにしっかりと潜むものをユーモア交えながら暴き出すデヴィッドOラッセルと、デモクラシーにしっかりと潜むものをユーモア交えながら炙り出すアレクサンダーペインであるが、ふたりが描くアメリカ、けっこう愉しみながら観れる。アレクサンダーペインの好評の新作、気になるが、Oラッセルの数年前の作品、人気者監督であるにもかかわらずロッテントメイト―での支持率6%でもって、日本では公開されず、おまけにビデオスルーにもされず仕舞いのアクシデンタルラブ、これまた気になる。
アレクサンダーペインのこれ、大衆というか中産階級を描いてきたこれまでの作品と比べたら違和感あるけれど、アメリカンパブリックを描いた作品だと、そう言われたら、なるほどペインらしい作品だと思えてくる。
ついにベールを脱いだPTAの新作。トッドヘインズの新作ともども早く観てみたい。アメリカに潜むものをアクシデンタルに露とさせるOラッセルとペインや、ロスやベロー、アップダイクにも通じるようなアイデンティティの揺らぎとその実存を、ユーモラスに憂鬱感もって表すスパイクジョーンズとウェスアンダーソンとは、PTAとへインズはやはり違ったものを表している。他の4人に比し、ふたりには強い主張を感じる。そして同時に、他の4人が描くピュアな人物たちに比べてすらも、あまりにもイノセントな人物たちが表されているように感じられるのである。
博士の異常な愛情をつくった後に2001年宇宙への旅やったってことキューブリック、冷戦後にはインテリジェントデザインが到来すること、すでに予想していたのだと思えてならない。いま我々がいる現実社会、インテリジェントデザインの最終章を迎えるにあたって聖書通りに遂行されなければならないから、だからきっと、トランプがホワイトハウスに送り込まれたのだろう。そして、ポスト インテリジェントデザインの時代を見据えたのがきっと、ノーランとアロノフスキーなのだ。アメリカのケンタッキー州にあるアーク・エンカウンターには行ってみたいけれど、アロノフスキーのノア観るのは死ぬほど辛かった。されどこれは気になるのである。今敏感である。
ノーランに比べたらほとんど観ていないダーレンアロノフスキーであるが、ノアの方舟以外は観たもの、レクイエムやレスラーとかスワン、オモシロかった。この作品は未見だけれど、ポストM・ナイト・シャマランのような作品である。
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