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2017年10月16日23:59

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ナイトクローラー

『ナイトクローラー』
 メディア内ゲバもの的には『スポットライト 世紀のスクープ』よりもオモシロかった。アメリカ映画伝統的にこんなことしちゃいけないといった“ヒューマニズム”(そしてキャプラ的“ポピュリズム”)でなく“ジャーナリズム”である。ただしどれも、イメージとしてのそれであり、クオテーション付きであるが。風刺というより時評として終わるところは、結局のところ、アメリカ映画で終わってはいるのは限界、というか、それがアメリカ映画なのだろう。この監督の嗜好か、製作サイド誰のか分からないが、スコセッシとリンチが好きなようである。おカネに困っているかなにか分からないけれど、夜のなかでなにか鬱積したものがあり、なにかを求めて彷徨っている。しかし、トラヴィスビクルのようなモラリストではない。警官か警備員か、そのヒトの身につけた煌びやかなものは奪う。彼はステイタスを求める。現代的なイシュー表される。レネ・ルッソは主人公にとってベッツィー的な存在であり、レストランでのやり取りは主人公の一方的な思考が表されるものであり、ベッツィーとトラヴィスのダイナーを髣髴とさせる。その後の鏡に映る彼の姿は、『ツイン・ピークス』のラストエピソードそのままである。されど、スコセッシとリンチが表されようとも、『ナイトクローラー』の主人公には贖罪が表されることはない。主人公個人の内的なものを追うではなく、それゆえ、スコセッシやリンチってより、フィンチャー寄りなのは現代的であり、それとは別にこの社会を顧みさせる時評的なものもありであるが、この主人公のマチョイズム、ジョン・ヒューストンなところも垣間見られ、“アメリカ”の根源をみる想いも沸き立ってくる。けっきょくのところ、オモシロかったかな。







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