コーエンズ
★聳え立つ運命のペルソナは、苦難の権化として存在する。『赤ちゃん泥棒』のレオナルド・スモールス、『バートン・フィンク』のチャーリー、『ビッグ・リボウスキ』のビッグ・リボウスキ、『ノーカントリー』のアントン・シガー、に、その存在あらわされる。その他の作品においても、不可視の存在はあらわされる。コーエン兄弟のテクストにおいてペルソナは、主人公の与り知らぬその場で偶然を転がしゆく。その存在、アメリカの夢を語りながら、苦難の道しるべを指し示す。トランプのフェイクニュースのようなもの、コーエンズは今も昔も変わらぬアメリカ、現前しない痕跡としての道しるべを描き出す。その道をアメリカ人彼らは、西へと歩んできたのである。
タランティーノ
★ブランショやレヴィナスを考えるとき、タランティーノもまた他者の呼びかけを考えていたのかと思えてくるのである。そう思えるとき‐そしてそれは確かに在る‐、ゾッとしたものが押し寄せる。慈愛がホラーに表される。ベアトリクス・キドーは私たちに「キル ビル」と呼びかける。『イングロリアス・バスターズ』のショシャナも『ヘイトフル・エイト』のデイジー・ドメルグも怨念めいて呼びかける。男たちは知らず知らずに、そこにつどい集まる。『デス・プルーフ』のあの女たちにも、そのネットリとした描写にそれが表される。ジャッキー・ブラウンにもそれは表されるにちがいないのである。そして、血塗られた場所がそこに顕われ、慈愛が生まれえる。彼女たちは嘆き哀しんでいる。他者の呼びかけとして存在する女性たち、ホラー映画のよう、、ほらっ、聴こえるだろう、彼女たちの声がする。呼びかけはセイレーンの如しに、本能の赴くままに恐怖を呼び覚ますのである。
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