時間に現在が欠け、イマージュが生まれるとしたら、
たとえば、総括はこうなのか、
二階の他人とデビュー作品から他者は存在し、
HOUSE ハウスの主人公はラスト、他者に潜り込み、 つづく、瞳の中の訪問者、ふりむけば愛と、他者を想起させるタイトル、そして転校生、憑依される他者は常に在る。
対象なのではなく他者の存在が在るのがイマージュなのなのなのならば
『野のなななのか』、『異人たちとの夏』、『
時をかける少女』、『水の旅人 -侍KIDS-』『あの、夏 『女ざかり』
の日 〜とんでろ じいちゃん〜』、、、
大林宣彦に表されるもの、、
忙しく駆け抜ける現代人の隙間を異風が吹きぬける。
我々は風を感じる。
山田洋次に表されるもの、、
時代を背景に、生きることなにかしらを牽引する人を良心は見つめる。私たちは良心と結び付けられる。
『小さいおうち』
『同胞』
『たそがれ清兵衛』
『母べえ』 『息子』 『家族』
シニフィアンの戯れとして、またいつか再見する。
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