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2017年03月15日20:36

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イングロリアス・バスターズ


『イングロリアス・バスターズ』
 タランティーノはバンドテシネ的な画風のなかで、会話劇にテンションを生んでゆく作家なのだと確認する。ここ最近の2作品はストーリーテリングの妙に陥り意外な展開を表すことを強め、テンション表されることが希薄になっていたが、この作品においては人物間に生れるテンションが強く表され、タランティーノのテクスト思い出せば、彼はテンションを描く作家だったなとあらためて認識されるところなり。

 ナチスはダメだけどそれに対するヘイトも倫理的にいきすぎた言表行為になってしまうのではないか、とかゴチャゴチャと言わずにストレートに、ダーティーヒーローたちのヴァイオレンス ロマンを表す。と同時に、そうでありながらも、顧見(かえりみ)の術がメモリアルにテクニカルに行使される。そこにタランティーノのヒューマニズムが隠されているのである。

最初に観たときは、史実とは違う展開やグロさ加減にひいてしまったのだけれど、今回はすでにどうなるか知っているので、敢えて、ヤレッヤレッヤッタレ!的な格闘技を観るノリで観る。そうすると、ワイルドなブラピに導かれ、大衆娯楽への味わいを超え出たスッコーンとした感覚がのこってゆく。エンタメに感じるものよりハイなセンスがある一方で、ヴァルツのナチス軍人のやってることも、ブラピの頭の皮剥ぎにおいても、くじけてしまう善人インテリっぽいフランス人農夫と顔は悪人だけれど澄んだ目をして仲間を売らないナチス将校を、それぞれの向かい合う他者として配置することにより、どちらの残虐さも深層から浮かび上がらせてくる。
残酷さとは好い悪いではない。人間性に隠れたものである。備わった秘匿なのである。終盤の映画館でのシーンにおいても、笑いながら観ていると、劇中の映画を笑って観るヒトラーと自身が重ね合わせられ誰しもが深層に沈めているヴァイオレンスがスクリーンから波のように押し寄せる。呪いのミューズはメラメラと漂い立ち昇り、魅惑を生む。その魅惑にはヴィスコンティやベルトルッチの世紀末ロマンとは違って、エロきものはない。ただただ、暴力に研ぎ澄まされる。恐ろしくスッコーンとして、我々はバスターズであること向かい合う。『イングロリアス・バスターズ』、ハンス・ランダ大佐の額に刻み付けられる卍のようにワイルド メモリアルである。





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