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2016年09月06日18:23

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レイダース/失われたアーク《聖櫃》



『レイダース/失われたアーク《聖櫃》』
   こち亀が終わる。こうしたときにこそ、香取慎吾に大河ドラマ俳優の意地を見せてもらいたい。ダーティハリーは5までだったけれど、インディアナジョーンズも5をつくる予定のようであり、それを有終の美に飾る予定なのだろうか。ダーティハリーは出来ればもう1作やってもらいたい。80歳過ぎてヒラのサラリーマンでマグナムをブッ放すアウトローの刑事って、かなり勇気を与えてくれると思う。
  聖櫃、それは約束の櫃。天に代わって悪人を裁く約束のパンドラである。シリーズを通じて、やがて来る救済が表わされるのだろうか。
  当初はスピルバーグ、デヴィッドリーン的叙情調を目指していたらしいが、ルーカスの意向をのんで、もっと大衆が愉しめる冒険アクションにしたらしいけれど、スピルバーグに任せていたら、神との契約が成就される感動作ロマンが表わされていたのであろうか。冒頭で主人公の様々なパーツパーツを表わしていきながら、そのシークエンスの最後に主人公の全体像が表わされることは『シンドラーのリスト』で成されたけれど、その後も作品を通じて、シンドラーとはいったい何者であるか?とこの矛盾に充ちたペルソナの追求されたわけだけれど(とは言っても、スコセッシみたいな掘り下げはされなかったけれど)、このインディジョーンズではそうした追求はなく娯楽に徹している。この娯楽の追求がこの作品の成功の源であるが、スピルバーグ的にいっても、スターウォーズを手掛けたルーカスは聖櫃がなんだったのか完結したいだろう的にいっても、最終的にはインディアナジョーンズとは一体全体にして何者であるのか?が表わされるのかもしれない。でも、ほとんどのオーディエンスにとって、このフィクションの人物が何者であるかなど、どうでもいいことだと思われる。彼は冒険家のヒーローでただただ、あるべきである。
  しかし、相対化されたヒューマンビーイングとしてのインディアナジョーンズが最終的に表わされるかもしれない。
  倉庫に眠る聖櫃はシリーズを通して度々表わされるが、シリーズの第5弾において、神との契約が全うされるインディアナが表わされるのではなかろうか。しかしながら、それはもはや『未知との遭遇』で成されたこと。それならば、SF的アプローチもテクノロジー的アプローチも無くした、ヒューマンとして、即ち、ベンハー的なアプローチをされるのかな。インディジョーンズのファンががっかりすることだろう。しかし、ジーニアスのスピルバーグ/ルーカスのことだから、なにをしでかすか分からない。
  インディジョーンズ4はアイクの時代のインディが表わされていた。1の時代の約20年後である。どちらも時代を謳歌しているようで実はフラストレーションがたまる不安の時代。そして、いつの時代だって、それは同じことなのであるはず。シリーズ5作目は、4の後だから、フラワーチルドレンの60年代か、ヤッピーやレーガノミクスの時代か、はたまた、インディアナジョーンズが100才になっているこの現代が表わされるのか。もし現代が描かれるとしたら、現代のモーゼとしてインディアナが人類を約束の地へと連れ去るハリウッドコネクションへと、まんまといざなわれるのか。メディアフランチャイズ的になにをしでかすか分からないスピルバーグとルーカス。Ifの世界は畏怖そのもの、スピルバーグはロマンを与える。
   話が脱線しまくっているが、インディジョーンズもスターウォーズも謎が残されながらもカタルシスに充ちたロマンに終始したからこそ、おもしろかったのである。救済は既に、あそこで終わっているはずなのである。


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