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2016年08月23日11:15

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アメムビちょこっと覚え書き70



覚書��
  アイクってどんな人?いつも笑顔の好々翁。そう思われていたアイゼンハワーの50年代。ホームドラマ『パパは何でも知っている』がお茶の間の人気者になっていた時代に、アイクは登場する。お姫様オリヴィア・デ・ハヴィランドはいなくなっても、スモールタウンはちゃんと在った時代。リズは大人びていきながらも、スモールタウンに住んでいる澄んだ瞳のテレサ・ライトはちゃんといた時代。そうした時代がアメリカン フィフティーズであろう。
  アメリカンなミームがピルグリム・ファーザーズの教えのなかで育まれているのか、或いは、フロンティアを引き継いでいるのか分からないけれど、アイデンティティの多様化がその後から来る時代に成されても、そうした系譜にアメリカンは生きているのだと思う。フィフティーズ、ハリウッドにおいて、ルイス・マイルストン、ラオール・ウォルシュ、ウィリアム・A・ウェルマンは引退を迎える時代。ジョン・フォードは大人から子供まで楽しめる砦の西部劇を連発している。下火になりつつはあれどキャプラも作品を出していたし、マイケル・カーティスやマービン・ルロイもアメリカンに作品をまだまだ出していた。核や赤に対するフォビアがあったり、宇宙に向けたニューフロンティアに少年たちが目を輝かせていた時代。エリア・カザン、ジョーゼフ・L・マンキーウィッツ、ニコラス・レイ、ロバート・ロッセン、フレッドジンネマン、エドワード・ドミトリク、ジョン・ヒューストン、そしてサミュエル・フラーがそれまで人が目を向けずにいた新しいイヴェントに目を向けだす時代。
  スモールタウンに住んでいる澄んだ瞳のテレサ・ライトはちゃんといたフィフティーズ、ヒッチコックやワイルダーはニューロティックに暴れていても、ピューリタニズム的なモラルをドラマにおいて表わしていたのが、ウィリアム・ワイラーとジョージ・スティーヴンスなのかなと思う。


覚書��
  『我等の生涯の最良の年』において、そのホームドラマには帰還兵たちの心の病いが執拗なぐらいに描き出される。ウィリアム・ワイラーは清々しい『ローマの休日』やエピック『ベン・ハー』を表わしながらも、ベティ・デイヴィスを迎えたそれまでの作品と同じように、『女相続人』や『噂の二人』、或いは『必死の逃亡者』において人間の内に在る歪なものを露呈させるドラマを生み出す。しかし、それらはオーディエンスの眼差しをホームへと向けさせることへとつながり導きだす。未見の『友情ある説得』に関心が向く。
ワイラーの遺作『L・B・ジョーンズの解放』より



覚書��
  ジョージ・スティーヴンスは彼の50年代、“崇高”へと向かっていく。彼が『偉大な生涯の物語』へと辿る道に、モンティは『陽のあたる場所』において罪に苦しみ続け、酒場でもミルクしか飲まない『シェーン』は西部劇というフォルムのなかでその聖性を極め、そして『ジャイアンツ』と『アンネの日記』が表わされる。ワイラーとスティーヴンスを見直すと、現代にもあるはずのアメリカ人のプレゼンスをしっかりと感じとれるのではないか。
『陽のあたる場所』より






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