◆小人の饗宴 めも
★ 我々が声だけ聴く健常者の視点は小さく醜い理性の塊を捉えるとき、我々自身の姿を見つめてゆく。
★ 死んだ鳥の羽を食べるもう一羽の鶏を通じて、仲間の死を想像することが托される。
★ クルクルまわるクルマにはマシーンの哀れなのではなく、物の哀れが表される。美しく捉えられるものたち。それは冒頭の方のバイクの爆音とともに捉えられる、小人や鳥たちの錯綜と、同じものなのであり、理性たるヒトの喜怒哀楽あらわされる。
★ ひれ伏すラクダと笑う小人:自然を我が物にする理性の哀しき姿がある。
★ 悲しきものだけではない。それは遊びであり、カイヨワが言うような眩暈がある。競争、偶然、模倣がある。理性が形作る供儀が饗宴であり、我々は眼差しを通して触覚している。
★ 1:15:30〜1:18あたりまでのシーン、面白い。
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